米国エタノール業界から「日本の車がんばれ」のエール、東京都のガソリン車禁止はこのままでよいのか!


科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表

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「E30」「E50」「E70」を売る、シカゴ近郊のガソリンスタンド

 車のガソリンに混ぜるエタノールの注目度が高まっている。昨年11月、経済産業省は石油元売りに対し、2030年度までにエタノールを最大10%混ぜたガソリン、40年度に20%混ぜたガソリンの供給開始を求める方針を発表したからだ。エタノールの導入は脱炭素に速効性がある。世界最大のエタノール生産国である米国を訪れたら、意外にも「トヨタがんばれ」の声が聞こえてきた。はたして東京都のガソリン車禁止の方針はこのままでよいのだろうか。

エタノールはカーボンニュートラル

 昨年12月上旬、トウモロコシの生産地帯で知られる米国イリノイ州と首都ワシントンを訪れた。ワシントンでロビー活動などを行う上院議員(カンザス州)の政策担当者や全米トウモロコシ生産者委員会の政策ディレクターなど計4人に会い、米国のエタノール事情を聞いた。印象に残ったのは、そのうちの1人が「トヨタは私たちの大きな味方だ」ときっぱりと言い放った言葉である。
 その理由と背景を解説しよう。現在、米国では約200の工場でエタノールが生産されている。エタノールはアルコールのことだ。その原料は米国中西部のイリノイ州やアイオワ州などの農業地帯で作られるトウモロコシである。トウモロコシといっても、人が食べるスイートコーンではなく、家畜の飼料となるデントコーンだ。米国で生産される年間約3.8億t(2023年)のトウモロコシのうち、約35%がエタノール生産に向けられる。
 トウモロコシの実を発酵させてつくるエタノールはガソリンと同じ液体燃料なのだが、ガソリンにはない利点をもつ。それがカーボンニュートラルだ。
 エタノールを車の燃料として使えば、二酸化炭素(CO2)が排出される。しかし、そのCO2は植物が光合成で大気から吸収したもののため、CO2の発生は差し引きゼロ(カーボンニュートラル)となる。ただ、実際にはトウモロコシの栽培・収穫過程やエタノールの生産工場で化石燃料(重油や天然ガスなど)を使うため、CO2の発生が純粋にゼロではないが、ガソリンに比べると約半分で済む。つまり、ガソリンの代わりにエタノールを混ぜれば、その分だけCO2の排出量が減るわけだ。

エタノールの価格はガソリンより安い

 しかも、エタノールはEV(電気自動車)のような巨額費用のかかる充電インフラ設備を必要とせず、既設のガソリンスタンドを利用して給油できる。さらに米国ではエタノールの価格はガソリンに比べて、1ガロン(1ガロンは3.785ℓ)あたり平均で約1~1.5ドル安い。価格が安くて、脱炭素に貢献できるなら、EVよりも車の価格が安くて、使い勝手のよいエンジン車のほうが有利になる。
 そういう経過と背景から、いま米国ではエタノールが10%混合された「E10」が標準ガソリンになっている。ちなみに、この「E10」はカナダ、英国、フランス、ドイツ、インド、フィリピンなど世界中で普及している。
 シカゴ近郊(イリノイ州)の最先端のスタンドを訪れたところ、「E30」「E50」「E70」「E85」も販売されていた(写真)。消費者がエタノールの割合を選べることで顧客を呼び込もうという販売戦略だ。こういう動きを見てわかるように、トウモロコシの生産者とエタノールの生産業界はエタノール混合ガソリンの伸びに期待をかけているわけだ。
 逆に、液体燃料を必要としないEV(電気自動車)が普及すれば、ガソリンやエタノールへの需要が減っていく。EVの普及率が高くなるほどエタノール需要が減る関係にあるため、エタノール関連業界としてはエタノール混合ガソリンの持続的な利用増加に望みをついないでいるわけだ。

エタノール混合ガソリンならEVと互角

 その望みに光をあてているのが、ガソリンエンジンと電気モーターで動くハイブリッド車である。ハイブリッド車は燃費がよく、トヨタのプリウスなら満タンで1000km以上走ることができる。しかも走行距離あたりのCO2排出量はガソリン車の半分程度だ。これらのことを考えれば分かる通り、ハイブリッド車がエタノール混合ガソリンで走れば、EVと互角に戦えるか、EVよりも脱炭素に貢献することになる。
 全米科学アカデミー委員会で低炭素輸送燃料のLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)分析などに取り組む研究者のステフェン・ミューラー氏(イリノイ大学シカゴ校主席エコノミスト)はトヨタのハイブリッド車に乗る。燃料は「E15」だ。ミューラー氏によると、エタノールの混合割合が25%以上だとハイブリッド車とEVに差はなく、E50やE85ならEVよりもCO2の発生量は少ないという。

バッテリーは製造段階で大量のCO2を排出

 一般にEV(電気自動車)はCO2の排出量が少ないイメージがあるが、そんなことはない。これはバッテリーの製造でCO2が多く排出されるためだ。EVは製造が終わった時点ではガソリン車の2倍以上のCO2を排出している。EVとガソリン車のCO2の発生量を比べた場合、ガソリン車がどれだけ走った時点でEVと同列(CO2等価量)になるかと言えば、国の電源構成によって違いがあるものの、火力発電が約8割を占める日本の場合(世界の平均的電源構成に近い)は、約11万km(原料の採掘から製造・廃棄までのトータルでCO2など温室効果ガスの排出量をLCAで評価)である。
 仮にEV車を10万km走ったところで廃車にしたら、ガソリン車のほうが優位になる。またEVが廃車前にバッテリーを交換したら、さらにCO2の排出量は加算される。
 エタノールを混ぜたガソリンで走るハイブリッド車だと、このEVとの同列距離はもっと長くなり、エタノールの混合割合が高くなるほどライブリッド車のほうが優位に立つのである。
 こうした事実に注目して、エタノール関連業界はハイブリッド車に期待を寄せているわけである。冒頭で紹介した「トヨタがんばれ」という偽りのない声は、ハイブリッド車の人気が続けば、エタノール需要が続き、エタノール産業に追い風になるという意味だったのである。

東京都はガソリン車の禁止をいつ見直すのか?

 米国ではすでに「E15」が普及しつつある。そして、エタノール業界はその先に持続可能な航空機燃料(SAF)としてのエタノール導入をも狙い、着々と有効性を示すデータを蓄積している。
 長い目で見れば、いずれEVが普及していくだろうが、最近ではハイブリッド車に押され、欧米でもEVの販売は失速気味だ。スウェーデンの大手車メーカー「ボルボ・カー」は昨年9月、2030年までに全新車をEVとする目標を撤回すると公表した。ホンダと日産が経営統合に向けた協議を進めている背景にもEVの失速が見て取れる。
 こういう動きを見ていて、気になるのが東京都の方針である。小池百合子都知事は2020年、都内で販売される新車を2030年までに「脱ガソリン車」とする方針を定めた。つまり、2030年以降はガソリン車の新規販売が禁止される。幸いハイブリッド車は含まれないが、それでも、この方針は脱炭素で速効性のあるエタノールを否定することに等しい。
 さらに言えば、ガソリン車の否定は500万人を超える雇用を維持する日本の屋台骨の車産業を潰すことにも通じる。また、二酸化炭素(CO2)と水素(H2)を原材料としてつくる合成燃料が実用化されれば、エンジン車は復活する。小池知事はなぜ、あっさりとガソリン車を否定したのか、そこに大衆受けのポピュリズム的要素を感じる。
 ガソリン車禁止の表明からちょうど5年、国がエタノール混合ガソリンのメリットを認めたいま、東京都の方針がこのままでよいはずはない。都議会での追及を期待したい。