シェールオイル
―在来型石油とどう違う―
橋爪 吉博
日本エネルギー経済研究所 石油情報センター
(「エネルギーレビュー」より転載:2024年12月号)
「シェール関連技術は21世紀最大のイノベーションである」
世界最高峰のエネルギー・エコノミストであり、ピューリッツァー賞作家でもあるダニエル・ヤーギンが、著書『探求―エネルギーの世紀―』(日本経済新聞出版、2012年刊)で、2000年代に米国で実用化・商業化された、シェールガス、そしてシェールオイルの採掘・生産関連技術を評した言葉である。そして、これらシェールガス・オイルの生産本格化が、国際エネルギー情勢や米国経済をはじめ、国際関係など、広範囲にもたらした影響・変化は、総称して、「シェール革命」と呼ばれている。今回は、シェールオイルについて、従来の在来型石油との違いを中心に説明したい。
石油・天然ガスの起源・生成過程
石油・天然ガスの起源については、従来、地球深部で炭素と水素が化学反応(重合)してできたとする無機説と生物の死がい等の有機物が分解されてできたとする有機説が対立してきた。しかし、今日では、電子顕微鏡やガスクロマトグラフの発達等によって、石油から生物の痕跡であるバイオマーカーが検出されるようになったこと、原油の分子構造の組成が生物のそれに似ていることから、有機説が圧倒的に有力である。また、現実の探鉱・開発事業も、有機説を前提に実務が行われている。
原油・天然ガスは、恐竜が活躍した中生代(約2億5000万年前から6000万年前)の地層で生成されたものが多い。この有機起源説によれば、従来の在来型石油・天然ガスの生成過程は、概略次のとおりとなる。
- ①
- 生物と土砂の堆積
「堆積盆地」とよばれる浅く広がった海や湖に、プランクトンや藻類、陸上・水中の動植物を含め生物の死骸(有機物)が、砂や泥とともに厚く堆積する。 - ②
- 石油・ガスの熟成
新たな岩石・土砂が堆積し地層が形成される長い年月の中で、地熱や圧力、バクテリアの作用によって、有機物は石油系炭化水素に変化する。熱と圧力の差で液体の石油と気体のガスに分かれる。成因としては大きな違いはない。また、石油が熟成される層を石油根源岩(Source rock)という。 - ③
- 石油・ガスの移動・集積
その後、地殻変動や圧力で、炭化水素は近隣の岩石や土砂の隙間に排出、移動、そして、偶然の地殻変動によって形成された硬い岩盤(Cup rock, 帽岩)下部のお椀を伏せたような背斜構造や蓋をされた断層構造などのトラップ※に集積される。石油・ガスが集積した層は石油貯留岩(Reservoir rock)といわれる。原油は、地下にプール状に溜まっているわけではなく、貯留岩の隙間に浸み込んだ状態で存在している。
このように生成された原油・天然ガスの商業生産が可能な集積が「鉱床」、地下の鉱床とその地表に相当する区域が、在来型の「油田」、「ガス田」となる。在来型の石油・ガスは、貯留岩のトラップに向けて油井を掘削し、圧力等によって自噴するのを回収・生産する。圧力が下がった場合は、水やガスを封入して圧力を上げたり、ポンプでくみ上げたりして、増産を図る(二次回収)。また、大気中のCO2を回収し油田に圧入して増産を図るEOR(増進石油回収)技術も炭素活用技術として注目されている。なお、石油は、流体(液体)であることで、供給・消費段階では利便性や経済性が高い反面、流体が移動してしまうため、探鉱・開発段階ではそのリスクを大きくしている。
- ※
- トラップ:石油地質学では、地層中を移動した石油や天然ガスを集積・貯留し、上方への移動を妨ぐ地質条件を構成する場所
シェールガスとシェールオイル
これに対し、シェールガス・オイルとは、通常の天然ガスや原油より深い地下2000~4000メートル程度の硬い頁岩(シェール)層に封じ込まれたガス・軽質油である。水平方向への水平掘削技術や硬くて緻密な地層を水圧で砕いてゆく水圧破砕技術を用いて、生産される新型の非在来型天然ガス・原油である。頁岩は砂岩の一種で、硬くて緻密な反面、もろく割れ易い性質を持つ、典型的な石油根源岩である。その意味では、シェールガス・オイルは、石油貯留岩に移動・集積されることなく、緻密な頁岩でできた石油根源岩に封じ込まれたまま残留した石油・ガスを水とともに回収するものである。
従来から存在は知られていたが、コスト的・技術的制約から回収・生産は困難とされてきた。しかし、2000年代の原油価格高騰と技術革新によって商業生産が可能になった経緯がある。シェールオイル・ガスは、典型的な根源岩である頁岩層に直接アクセスする点が異なる。在来型の場合、根源岩から排出・移動する石油・ガスは20%程度、そのうち貯留岩に集積されるのは10%程度ともいわれ、さらに貯留岩の鉱床からの回収率は35%程度なので、貯留岩に直接アクセスできるシェールの数量的な回収可能性は大きい。
水平掘削や水圧破砕の技術自体は半世紀以上の歴史を持ち、在来型石油・ガスの生産にも活用されてきたが、これを組み合わせ、根源岩自体にアクセスするというアイデアが革新的であり、「シェールの父」ともいわれるジョージ・ミッチェルら米国の独立系産油技術者の創意工夫、一大技術革新であった。
当初、シェールガスの生産が先行していたが、ガス増産で米国の国内ガス価格が暴落し(原油価格は国際価格に裁定)、シェールガスはガス・パイプラインが必要になること(石油は貨車輸送も可能)から、生産はシェールオイルへ徐々に移行した。
シェールの特徴と米大統領選挙
シェールの特徴として、貯留岩への移動・集積の必要がないことから、堆積盆地で一定の頁岩層の集積がある場所では、生産が可能であり、探鉱リスクが低いこと、中東への資源の偏在がなく、世界的に分布しており(ただし資源分布、資源量・埋蔵量の精査は十分に行われていない)、エネルギー安全保障が向上すること、などがあげられる。その一方で、水圧破砕のためには大量の水が必要で、かつ、破砕後の汚染水の適切な処理が重要となる。そのため、汚染水による地下水汚染が懸念されるとして、英仏等一部の欧州諸国、米国でもカリフォルニア州やニューヨーク州等では、水圧破砕技術の利用は禁止されている。確かに、当初、主に中小産油業者がシェール生産を始めた頃は、不十分な施工や不適切な処理があったもようだ。ただ、最近では、この環境汚染が問題となり、メジャー等大手石油会社が買収・合併等で生産の主流となったため、汚染問題は聞かれなくなった。
また、この水圧破砕の禁止は、環境重視の民主党の看板政策でもあり、今回の米国大統領選挙でも話題となった。ハリス候補は、激戦州といわれ、産ガス州でもあるペンシルベニア州での演説で、従来の主張を翻し、「水圧破砕技術を否定したことはない」と述べ、トランプ候補からその矛盾を指摘された。そういえば、ヒラリー候補は2016年選挙で、水圧破砕禁止を明言、落選した。バイデン大統領は、2020年選挙で、最後までその是非を明言することなく当選した。今回の結果は、どうなっているであろうか。
次回は、このシェール革命の影響・インパクトについて、米国の最大産油国化、OPECプラスの成立、国際関係の変化を中心に考える。