拙速な脱炭素よりも重要鉱物のサプライチェーン再構築を進めるべきだ
いま主流となっているグリーン教義では、迅速かつ公正で持続可能なエネルギートランジションを実現することはできない。
シーバー・ワン
Co-Director of Climate and Energy at the Breakthrough Institute
テッド・ノードハウス
Executive Director of Breakthrough Institute/ キヤノングローバル戦略研究所 International Research Fellow
監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿はSeaver Wan&Ted Nordhaus 2024年7月20日「The Hidden Trade-Offs of Climate Policy
Today’s green dogmas cannot deliver an energy transition that is fast, just, and sustainable—all at the same time.」を許可を得て邦訳したものである。
デスヴァレー国立公園からほど近いネバダ州のアマルゴサ・ヴァレーでは、世界でも希少な生物のひとつであるデビルズ・ホール・パプフィッシュの生息地である、帯水層から湧き出る泉が脅かされる可能性があるとして、米国土地管理局が昨年リチウムの試掘中止を命じた。さらに100マイル北では、環境保護団体がライオライト・リッジでのリチウム鉱山開発に反対している。このプロジェクトの推進が、プロジェクト地域内の10エーカーの公有地に生息する希少な野生のソバの亜種を脅かすと警告しているからだ。さらに500マイル北、ネバダ州とオレゴン州の州境近くにある長い間休止している超巨大火山のカルデラでは、環境保護主義者たちがサッカー・パス・プロジェクトと闘っている。このプロジェクトは世界最大級のリチウム鉱床を掘り当てるというものであるが、かつてはアメリカ西部の大部分に生息していて、ここ数十年でその数が激減してしまったセージライチョウの生息地を、そのプロジェクトから守るために彼らは活動しているのだ。
電気自動車から風力タービン、バッテリーまで、あらゆるものの製造に必要な鉱物の採掘による影響をめぐる紛争は、ネバダ州のリチウムに限ったことではない。スウェーデンとフィンランドでは、スウェーデンの気候変動活動の象徴であるグレタ・トゥンバーグが、先住民の土地でのコバルト採掘に抗議している。なぜなら環境保護主義者たちによると、この地域のトナカイの生息数を脅かしているからである。グリーンランドでは、新連立政権が、EUに対しウランやネオジムやジスプロシウムなどの希土類元素を供給するはずだった大規模な採掘プロジェクトを中止することにした。
重要鉱物は希少ではない。地殻にはコバルト、リチウム、ウランなど、エネルギートランジションやその他の目的のために供給するのに十分な量の鉱物が存在する。他の条件が同じであれば、クリーンエネルギー技術で動く世界は、化石燃料で動く世界よりも採掘量が少なくてすむことはほぼ間違いない。 しかし、それでもなお、クリーンエネルギーで世界経済を動かすために必要な規模の重要鉱物の採掘には、新たな採掘の大規模な拡大が必要となることは確かである。そして多くの場合、それは現在採掘が行われていない場所で、そしてほとんどの場合、多くの環境保護主義者が反対する環境影響を伴うのである。
しかも、ほぼすべての重要鉱物の世界的な主要加工国である中国から重要鉱物を調達することに対する地政学的な懸念が高まっているため、この問題はさらに複雑になっている。
中国が支配する鉱物のサプライチェーンは、環境破壊や人権侵害につながる恐ろしいものばかりである。米国をはじめとする西側諸国が、中国産への依存とそれに伴う環境と人権への影響を深めることなく、世界の重要鉱物の生産を拡大することに真剣に取り組むのであれば、ネバダ、スウェーデン、グリーンランドといった場所での採掘を増やす必要がある。
そうでなければ、重要鉱物の調達は現在の方式を踏襲することになるだろう。西側諸国にこれ以上多くの鉱山がないならば、鉱物資源の確保は現在とまったく同じ場所に委ねられることになるだろう。その場所とはつまり環境・人権・労働基準に関する政府の執行や市民社会の擁護がおぞましいほど不十分な中国やさまざまな発展途上国である。すでに気候変動対策の推進派のリーダーたちは、米中間の緊張の高まりが気候変動対策を弱体化させかねないと懸念しており、バイデン政権が中国の電気自動車やソーラーパネル、その他のクリーン技術への関税を引き上げたことを批判している。
しかし、それはクリーンエネルギーへのトランジションを加速させようとする現在の取り組みに内在するジレンマを反映している。中国が事実上、すべてのクリーンエネルギーのサプライチェーンを支配しているということは、移行を早く進めようとすれば、膨大な規模の人権侵害や環境侵害を受け入れる必要があるということになってしまう。世界において、少なくとも欧米諸国が中国のクリーンエネルギー技術から脱却するということは、すなわち移行を遅らせるか、米国やヨーロッパなどでの採掘に伴う環境破壊をある程度受け入れるか、あるいはおそらくその両方を受け入れるかを意味するのである。
公正なトランジションという概念は、近年、環境分野のリーダーたちの間で流行語のようになっている。しかし、それは「言うは易く行うは難し」ある。中国の労働者、少数民族、環境に対する扱いは、エネルギートランジションに必要なものでも、公正な移行に適合するものでもない。しかし、この流行語を現実のものにするには、移行スピードと、クリーンテクノロジーとサプライチェーンの「何を」「どこで」「いつ」の間でトレードオフを行う必要がある。このトレードオフは、気候変動対策運動がこれまで認めたがらなかった重要なトレードオフである。
政治指導者、気候変動活動家、そして企業のCEOたちが、今後25年間で世界はネット・ゼロ・エミッションに移行しなければならないと淡々と主張するとき、それに関わる新しいエネルギー技術やインフラの規模の大きさを想像するのは容易ではないのだろう。国際エネルギー機関(IEA)が発表した、地球温暖化を摂氏1.5度に抑えるための最新ロードマップ(リンク1、リンク2、リンク3)は、今から僅か11年後の2035年までに太陽光発電容量を9倍以上、風力発電容量を4倍以上に増加させるという途方もないものだ。さまざまな産業用途の水素製造に必要な電解槽の容量は、IEAの方針を維持するためには、2030年までにほぼ600倍に増加しなければならない。また、今後6年間で、世界のバッテリー式電気自動車の保有台数を、現在の2,900万台から2億5,000万台へと10倍に増やさなければならない。主にバッテリーを使用した電力系統の蓄電量は、2023年末の190ギガワット時から、2030年にはおそらく3テラワット時まで、1,500%増加しなければならない。
このシナリオでは、風力発電と太陽光発電が増加するだけで、2035年までに累積で銅2,500万トン、アルミ7,200万トン、ニッケル1,400万トン、銀9万3,000トンが必要となり、現在の世界の銅・アルミ製錬所生産の10%、ニッケル採掘量の40%、銀採掘量の36%を毎年消費することになる。また電気自動車やエネルギー貯蔵用の電池は、2030年までに少なくとも年間800万トンの電池用黒鉛と年間0.6百万トンのリチウムを必要とし、これはそれぞれ現在の世界総生産量の4倍と3倍に相当する。
気候変動対策に関わる運動の多くは、世界的な消費を劇的に制限し、リサイクルの努力を倍加することで、この新たな需要を軽減できると主張している。政治学者のテア・リオフランコスは、社会が鉱業の拡大に頼るのは、「すべての需要削減戦略が出尽くした後」にすべきだと主張する。リオフランコスによれば、これらの戦略には、アメリカの人口の30%から半分を低人口密度地域から中人口密度地域にシフトさせること、大量輸送機関を大幅に拡大すること、今後25年間でアメリカの自動車保有台数の50%から75%を削減することなどが含まれるという。一方、国際環境NGOの「地球の友(Friends of the Earth)」は、ヨーロッパにおける経済成長を計画的に停止し、一人当たりの物質使用量を3分の2に削減することを要求している。
同時に、ほとんどの環境保護団体は、原子力、化石燃料発電所(炭素を回収するとしても)、大気中の炭素除去施設に反対している。これらはすべて、温暖化を1.5度に抑えるというIEAのシナリオに含まれている。これらのエネルギー源や炭素削減を完全に見送り、風力、太陽光、蓄電池に大きく依存するシナリオでは、採掘の必要性はさらに高くなるであろう。
オーストリアを拠点とする研究者たちによるある研究では、2020年から2050年の間に世界のエネルギー使用量を40%削減し、大気中の二酸化炭素を直接除去する技術やごく限られた原子力エネルギーの使用抜きで、摂氏1.5度の目標を達成することを提案している。そのためには、温暖化を1.5度または2度に抑えるというIPCCの報告書に掲載されている主流のシナリオのおよそ2倍のアルミニウムと銅が必要になる、というわけだ。一方、世界中の乗用車の台数を現在のガソリン車やディーゼル車の半分程度まで削減したとしても、それを電動化するためのバッテリー生産に見合う鉱物資源生産量は、現在を大幅に上回ることになる。
リサイクルは最終的に、必要な採掘の一部を軽減するかもしれない。しかし、リチウムやグラファイトの需要に見合う規模のリサイクルを行うには、まず、今後数十年の間に採掘事業を大幅に拡大する必要がある。さらに、ほとんどの低炭素技術の寿命は比較的短い。現在の風力タービンは25年から30年で交換が必要になるかもしれない。電池はおそらく20年で交換が必要になるだろう。リサイクルは、技術的、経済的、物流的なさまざまな理由から、100%に近づくことはないだろう。そのため、エネルギー需要が減少し、リサイクル率が高い未来であっても、クリーンエネルギー経済には、リサイクル材料で対応できないかなりの割合の将来需要のために、重要な鉱物の生産を継続することが必要となる。
多くの環境活動指導者は、より良い採掘方法と急速なエネルギートランジションの間にはトレードオフの関係はないと主張する。しかし一体、どの大陸のどの採鉱プロジェクトであれば承認できるものなのか、一つでも例を挙げることは困難だろう。
気候変動に対する関心の高まりによって、環境保護運動は野生生物、生息地、原生地域などに関心を寄せる伝統的な自然保護派と、気候変動という人類存亡の危機に特化した新種の温暖化防止運動という2つの陣営に分かれるだろうという考えは、20年以上前からあった。この2つの陣営の目標は対立することもあるが、採掘などの問題に関しては、実際には両者の間に大きな違いはない。古くからの環境保護主義者も新しい気候変動対策推進者も、低炭素技術への急速な移行に必要な規模で、倫理的かつ持続可能な方法で重要な鉱物を調達するための実行可能な計画を提示しようとはしてこなかった。
採掘というのは、間違いなく環境に有害なビジネスである。その影響の大きさは、対象となる鉱物や採掘方法、採掘が行われる環境によって大きく異なるが、いずれにせよ、地中から鉱物を掘り出すことが環境に大きな影響を与えるという現実を避けて通ることはできない。
世界的な採掘の壮大な計画の中においては、重要鉱物の採掘は、世界的なエネルギートラジションのために大規模化されたとしても、それはバケツの中のほんの一滴にすぎない。世界の商業的採掘の大部分は、重要鉱物でも化石燃料でもなく、砂や砂利のような普通の物質であり、それらは、工業用金属鉱石の少なくとも3倍以上採掘されている。次いで最も多く採掘されるのは石炭で、これだけで他の金属鉱石の総量に匹敵する。つまり、化石燃料からクリーンエネルギーへのトランジッションは、一方では世界の採掘における環境フットプリント全体をそれほど大きく変えることはないが、他方では、そのようなエネルギーの移行がない世界よりは採掘全体の量が落ちることは間違いない、と言える。
しかし、あらゆる採掘は、あらゆる政治同様、地域に根ざしたものである。エネルギートランジションのために重要な鉱物の生産を大幅に拡大しても、採掘による影響という点では、世界全体にはさほど影響を与えないだろうが、地域レベルでは人々や生態系、環境に大きな影響を与えることは避けられないだろう。環境破壊に反対する人々がしばしば主張する具体的な内容については、議論の余地があるかもしれない。ネバダ州のボアホール(ボーリングで空けた穴)試掘が、近くのシンクホール(陥没穴)に生息する絶滅危惧種の魚に最終的にどのような影響を与えるのか、あるいはコバルトの採掘がスウェーデンのトナカイにどのような影響を与えるのか、特にこれらの種や生態系が直面する他の多くの脅威との関連において、その影響を明らかにすることは難しい。しかし、これらの影響がゼロではないことは間違いなかろう。
同時に、スウェーデンの脅かされるトナカイやネバダ州のプールフィッシュを危険にさらさないことを選択しながら、エネルギートランジションを達成する世界は、そのトランジションがその土地でスムーズに展開される世界ではない。ニッケル、リチウム、アルミニウム、銅の採掘を大規模に拡大しても、その影響は別の場所で発生するだけであり、多くの場合、非常に貧しい人々、脆弱な生態系、脅かされやすい生物の多様性、危険な採掘方法、危険な加工技術、そして規制当局による監視がほとんどない場所で発生することになるだろう。
気候変動やクリーンエネルギーを唱える人々の多くは、ソーラーパネル、風力タービン、バッテリー、電気自動車のコストを大幅に削減した中国の産業政策を称賛してきた。しかし彼らは、中国の安価なクリーンエネルギー製品が、権威主義的支配や強制労働収容所などの人権侵害の上に築かれた経済システムと密接に結びついていることを、ほとんど無視している。それは、世界有数の汚れた石炭発電所が動力源となり、さらには中国やアフリカ、そしてそれ以外の地域でも、生態系を破壊するような採掘方法と結びついているのだ。
例えば、新疆ウイグル自治区では、銅やその他の鉱物の採掘を、政治的教化を受け、過酷で危険な肉体労働を強いられるウイグル人強制労働者に依存している。インドネシアとパプアニューギニアでは、中国資本のニッケル精錬所が、ニッケル鉱石の高圧酸浸出から出る廃棄鉱滓を水路に直接投棄するのが一般的となっており、また労働者を虐待するのが常となっている。中国と国境を接するミャンマーでは、中国企業によってレアアース鉱石が、内戦が続くミャンマーの敵対民兵が管理する違法鉱山から入手されている。コンゴ民主共和国では、中国の銅とコバルトの採掘会社に雇用される労働者の多くが、強制労働者と児童労働者で占められているといった具合である。
結局のところ、グローバルなクリーンエネルギー経済を構築するための原材料は、どこからか調達しなければならない。そして環境保護運動は、選択を迫られるたびに、いつでもどこででも、事実上現状維持を選択してきた。つまり、民主的な先進国における重要鉱物の産出拡大の努力には反対し、中国や発展途上国とは、取引のある鉱山会社がサプライチェーンを浄化するという空約束をし続けてきたのである。 しかしこのような約束は、より良い社会的・環境的成果を生み出すことに何度も失敗してきたのだ。
太陽光発電、バッテリー、電気自動車のメーカーは、サプライチェーンの追跡に関する現実の規制要件や、強制労働によって生産された製品や材料の欧米からの輸入の制限に抵抗しながらも、その一方で、うわべだけのサプライチェーン追跡プロトコルや監査を誇示している。著名な環境学者、ジャーナリスト、アクティビストは、米国やラテンアメリカの採掘プロジェクトが高い基準を満たしていないとして非難する一方で、中国の安価なクリーン技術製品から脱却しようとする取り組みを批判する。一方、グリーンピースのような環境保護団体は、海底での金属採掘の前提条件として太平洋全域の先住民族の同意を要求する一方で、中国のクリーン技術サプライチェーンに関連するあからさまな人権侵害についてはまったく口を閉ざしたままなのである。
もしこれが気候変動対策の意味する「気候正義」であるなら、それは社会と環境の不公正を継続させ、むしろ深刻化させる処方箋と言わざるを得ない。その結果、現在そして将来のクリーンエネルギー技術市場において、環境的、倫理的、地政学的に厄介な意味を持つ中国の支配が続くことになるだろ。そうなれば、その構図は確実なものとなってしまうだろう。
クリーンエネルギーへのトランジションのスピードやコストと、重要鉱物の採掘が地政学的、人権的、環境的に与える悪影響とのトレードオフを完全に回避する方法はないが、それを軽減する方法はある。しかし、そのほとんどすべてが、グリーン・イデオロギーの根本的な考え方に反するものである。
例えば原子力エネルギーは、風力や太陽エネルギーに比べ、発電電力量当たりの鉱物・材料消費量が3~4倍少なくて済む。そして、断続的な風力エネルギーや太陽光エネルギーに対して送電網を安定させるために必要な蓄電池を製造したり頻繁に交換するための、鉱物や材料の大幅な追加を考慮する必要もない。しかし、原子力技術を使用して、より材料集約的でない低炭素エネルギーシステムを構築するには、環境保護論者は2つの重要な立場を捨てる必要がある。それは、原子力エネルギーへの反対と、再生可能エネルギーを、100%ではないにしても、主流とするエネルギーの将来への公約の2つである。
クリーンエネルギー技術の組み合わせがどのようなものであれ、海底採掘は、重要鉱物の陸上採掘による環境への影響を劇的に軽減する可能性も秘めている。潜水艇を使って海底から金属を豊富に含む団塊を採取する場合、事実上掘削は必要なく、また一般的に言って生物の少ない深海環境で行われる。しかし、世界中の環境保護団体は、海底での団塊の試掘にさえ反対している。
また、陸上での採掘や鉱物利用には、従来の技術よりも環境への影響が大幅に少ない、さまざまな有望技術があり、例えば、アルミニウムを海水から分離した軽量のマグネシウムに置き換えたり、掘削機や爆薬を使用せず液体溶液を使って地下の鉱石からウランや銅を直接抜き取ったり、といったものがある。また、このような斬新な次世代技術でなくても、規制の監視が弱く、市民社会の監視がほとんどなく、民主的な説明責任がない場所で行われる採掘よりも、民主的で先進的な経済圏での採掘の方が、はるかに規制が行き届いており環境への影響も少ないことがほとんどである。
原材料集約的ではないクリーンエネルギー技術、より優れた採掘技術、より規制の厳しい下での採掘と加工を組み合わせない限り、人権、地域環境の保護、エネルギートランジションの加速の間にあるトレードオフを解決することはますます難しくなるだろう。環境、人権、労働基準への取り組みを環境保護主義者がどのように語ろうとも、「世界はすでに気候変動という非常事態の真っただ中にあり、他のすべての社会的、経済的、政治的懸念に優先する」という彼らの主張は、つまるところ、エネルギートランジションを公正で公平で持続可能なものにするよりも、安価なテクノロジーと原材料を優先する、という方向に進んでしまう。
結局のところ、気候変動対策推進派が、新しい鉱山や重工業を自宅の近くに立地するよう積極的に働きかけない限り、よいエネルギートランジションは実現しない。そうすることで、西側諸国は少なくとも、クリーンエネルギー技術、製造、サプライチェーンにおける中国の覇権が続くことに対してリスクヘッジすることができ、同時に、西側諸国の政策立案者、環境保護主義者、人権擁護者たちは、中国やその他の地域においてより高い基準の適用を求めるために、はるかに大きな影響力を行使することができるようになるであろう。
そのためには、欧米の環境保護主義者たちは、より高い労働・環境基準と優れた技術で重要鉱物の生産を拡大できるよう、近代化された許可プロセスや、陸上採掘を支援するその他の政策を受け入れる必要がある。更には、これも論争的になるが、安価な再生可能エネルギーとEVの短期的な普及をある程度あきらめねばならない。そして、採掘、鉱物加工、製造のプロセスをクリーン化することがまず必要だ。これにはグローバル・サプライチェーンを多様化が少なくとも含まれる。
長期的に見れば、サプライチェーンの多様化とクリーン技術製造の国内回帰は、短期的には西側諸国での国内排出量削減のペースが遅くなるとしても、気候変動と環境保全の両面で恩恵をもたらすだろう。例えば、インフレ削減法に盛り込まれた米国内生産量基準は、ウェストバージニア州のジョー・マンチン上院議員が法案成立の条件として課したものだ。だが、こうした条項によって、国内での高賃金の新規産業雇用が約束され、法案は重要な政治的支持を得ることができたのである。環境基準の高い国々での新たなサプライチェーン・プロジェクトは、ひいては鉱業や加工業における材料やエネルギー効率の向上を促進し、クリーン技術の革新と産業の脱炭素化を促進することになる。
しかし、気候変動やクリーンエネルギーの推進派の多くは、短期的な気候変動目標を達成するという名目で、ソーラーパネルや電気自動車などの調達条項を緩めるようバイデン政権に迫った。その一方で、米国の環境慈善団体は、皮肉にも気候正義の名の下に、米国での新たな鉱業や重工業の開発を阻止しようとする環境正義団体に何億ドルもの資金を提供していることも事実である。
これが変わらない限り、環境保護団体が主張する、迅速で公正かつ持続可能なエネルギーへのトランジションは、空虚な美辞麗句に終わるだろう。この方向転換のための断固とした行動がなければ、環境保護運動が事実上進めている、低コストで材料集約的な海外の再生可能エネルギー技術を基盤とした移行への道筋は、現実には労働、人権、環境に対する虐待の撤廃ではなく、その継続を前提としたものとなってしまうだろう。