ビル・ゲイツはワイオミング州を救うのか
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「エネルギーレビュー」より転載:2024年9月号)
世界最初の国立公園として知られるイエローストーン公園は、米ワイオミング州北部、モンタナ州との境界に位置している。米国に駐在していた時に、モンタナ州の炭鉱を訪問予定の日本の取引先の方がイエローストーンに寄りたいと希望された。
取引先の方がモンタナ州の地図をみたところ、公園の北側に町があるので、そこのホテルを予約してほしいと依頼があった。モンタナ州の石炭会社に電話で予約を依頼したところ断られた。理由は「人口60人の町にホテルはない」だった。
日本より広いモンタナ州の人口は100万人、日本の3分の2ほどの大きさのワイオミング州は、全米最小人口の州で60万人を切っている。ワイオミング州最大の産業は、観光業ではなく鉱業。中でも全米一の生産量の石炭だ。
米国で生産される石炭の9割は発電用に使用されているが、2000年代後半のシェール革命により天然ガス価格が下落してから、発電所着価格で天然ガスに対し競争力を失っている。2000年代まで全米の発電量の約50%を担っていた石炭火力の供給シェアは、昨年16%まで下落した。石炭生産量も半減した。そんな状況下でも、大規模露天掘りで採掘されるワイオミング州の石炭は、全米の石炭生産量の4割以上のシェアを持っている。石炭火力が州の電力の7割以上を供給している。
しかし、石炭の先行きは明るくない。米国環境保護庁は、バイデン政権が掲げる、35年に電源の脱炭素化の目標を達成するため、4月25日に既存石炭火力と新設天然ガス火力のCO2、排水、水銀の排出規制を含む新しい環境規制案を発表した。
既存石炭火力からのCO2排出についての規制は次の通りだ。
- 2039年以降も運転する石炭火力発電所は、2032年までにCO2排出量の90%を削減するCCS(CO2を捕捉し貯留する)あるいは同等の設備を設置すること
- 2032年以降も運転するが、2039年までに閉鎖する石炭火力は、2030年までに削減方法は問わないので実質的にCO2の16%を削減すること
- 2032年までに閉鎖する石炭火力は報告義務のみ
39年以降も運転する場合には、CCS設置が現実的な解決方法だが、投資を行う価値はあるだろうか。32年以降も運転を行い39年までに閉鎖する場合には、バイオマス、あるいは天然ガス混焼が対処方法の一つだが、かける費用に見合うメリットがあるのだろうか。2032年以降に石炭火力発電所の運転を行うことは、実質的に難しくなり、39年以降は不可能になる可能性が高いとみるべきだろう。
石炭火力発電所の閉鎖が進むにつれ、5000人の雇用を抱えるワイオミング州の炭鉱でも雇用減が進む。そんな中で石炭火力と炭鉱での雇用減を補うとして期待されているのが、エネルギー関連事業だ。ビル・ゲイツ氏が具体的な問題解決策を提案している。ゲイツ氏が創業した原子力企業テラ・パワーはワイオミング州で新型ナトリウム高速炉を石炭火力発電所の隣接地に今年6月着工した。
ゲイツ氏は、原子力発電ほど安定的に供給可能なクリーンな電源はないとの立場だが、やがて閉鎖される石炭火力が地域を疲弊させる問題もある、と指摘していた。ゲイツ氏は、安全性が高く投資額も抑制される新型炉であれば地域の雇用問題の解決にも寄与するとしている。閉鎖予定の石炭火力発電所の雇用は110名だが、新型炉の雇用は200から250名になり、雇用を継続可能だ。建設雇用も最大1600名あるとしている。新型炉は30年に完成予定だ。再生エネ設備では運転時に大きな雇用は生まない。脱炭素の時代に移行する過程では、ゲイツ氏のように付加価値額の高い雇用の維持を考えることも重要だ。