エネルギー基本計画での「なぜ」の大切さ


金沢工業大学、NPO法人次世代エンジニアリング・イニシアチブ

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 長く技術者として電力系統にかかわりをもち、その後技術や技術者の倫理に関心をもってきた立場から、エネルギー基本計画と電力の広域連系について私見を述べたい。それらでは政治と行政の役割が重要になる。政治は理念が大切である。行政は政治の執行面を担うが、日本では理念面でも大きな貢献をしてきた。私が長く関わってきた技術の分野では三現(現場・現物・現実)が重要であり、加えて昨今では理念も重要である。

 現在、資源エネルギー庁は第7次エネルギー基本計画の策定を進めている。それと密接な関係をもつのが、資源エネルギー庁が2022年12月に公表した「電力ネットワークの次世代化」、それを受けてOCCTO(電力広域的運営推進機関)が進める広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン)と、優先課題の東地域(北海道~東北~東京間)の系統構成計画策定である。OCCTOは2024年2月5日の有識者会合で系統構成案の大枠を固め、東地域3エリアを接続する200万キロワットの高圧直流送電(HVDC)を日本海側で構成する案(以下、800kmHVDCと略記)を軸に具体化を進めることになった。私の関心はこれらの理念と三現である。

 OCCTOは北海道本州間連系設備(日本海ルート)にかかわる広域系統整備計画の検討開始の経緯を次のように説明している。

 本機関(OCCTO)が2017年に広域系統長期方針を策定して以降、我が国の電力ネットワークの整備の考え方は大きく変化してきた。-(中略)-今後は、系統混雑を前提とした上で、電源の導入見込みを考慮して費用便益評価に基づいて系統整備を実施するという新しい系統整備の考え方へ転換していくこととなる。そして、電力ネットワークにおけるこの新しい考え方に対応するよう、費用便益評価に基づく新しい設備増強規律、混雑を前提とした系統利用ルールや電力ネットワークの整備費用を全国で負担する仕組み(全国調整スキーム)などが整理されてきている。

 これは、電源の導入見込みを考慮して費用便益評価に基づいて系統を整備するということであって、電源とか負荷(電力需要)をどのような理念に基づいてどのように配置するかは検討の範囲外ということなのであろう。そうだとすると、電源とか負荷配置の考え方が変われば、マスタープランも800kmHVDCも変更を余儀なくされることになる。

 私を含む数人は今年5月に「新時代の電力システム - そのグランドデザイン」(編・著 関根泰次、松田道男、鈴木浩、大来雄二)を刊行した。そこで私は次のように書いた。

 系統計画事例については、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が2023年3月29日に策定・公表した広域連系系統のマスタープランを取り上げてみたい。必要投資額(概算)は約6~7兆円とされ、その約半分(約2.5~3.4兆円)が北海道~東北~東京の600~800万kW規模の連系線新設である。どのような電力系統特性を想定し、どのような機器の製造技術・工事技術を必要とするかの研究開発は誰が行うのだろうか。その人材は育っているのだろうか。解は経済学では出せない。工学分野が頑張るべきだろうが、人材育成がなされていなければ、そして研究費が研究機関に投入されていなければ、ガラパゴス技術がまた一つ増えるだけではないか。首都圏一極集中が日本の脆弱性の一つのリスク要因になっているとの指摘が古くからある。(pp.128-129)

 ここで私が最も強調したかったのは、「なぜ(why)」の大切さである。なぜマスタープランのような広域連携系統が必要なのか、なぜ北海道~東北~東京の連系線新設が必要なのか、その基本的な考え方である。もちろんそれは日本の未来を拓くためであろう。「なぜ」が系統連系を密にするためだというなら、密に連系された電力系統の工学的特質、特に自然災害とか人為的災害(たとえばテロとか戦争)などの異常事態対応を、マスタープランはどのように考えたのかを知りたいところである。電気エネルギーは公共財であって、安定供給されないときの社会的影響は大きい。川村隆氏が電気学会誌の巻頭言で述べた次の主張は工学技術に携わる者にとってはかみしめるべきものである。

 工学に携わる者は、「如何に作るか」に留まることは最早許されぬ。「何を作るか」「なぜ作るか」「これは作ってよいか」「なぜ作ってはいけないか」等々を自身で有限環境前提にて吟味することが大切になる。作ってみて世に問うてみるという20世紀型は許されぬ時代だ。(2009年1月号)

 マスタープランに続いて、「800kmHVDC」が策定された。公表され資料には3案が併記されているものの、本命は報道されているようにA案、すなわち風力の大電源地帯である北海道から秋田まで、日本海の海底にケーブルを敷き、一旦陸揚げしてそこからまた海底ケーブルで新潟につなぎ、陸上を南下して首都圏に200万キロワットの電力を送る計画である。私は日本の未来を拓くためには首都圏一極集中を一刻も早く緩和することが重要と考えているので、このような一極集中を加速する計画には強い疑問を感じざるを得ないが、それに加えてここで製造技術・工事技術の問題に注目する。

 私たちは上述した本の出版の機会に、読書会「日本の電力システムの在り方を考える」を開催し、二つの講演をいただいた。その全容はウェブ公開してあるので興味がある方にはそちらを参照願うとして、後半の講演題目は「北海道と首都圏をつなぐ800kmの直流送電計画への批判」であった。いただいた批判は、まさに三現の視点からケーブル技術を紹介いただくもので、ケーブル自体の製造と検査、敷設工事、事故点評定、修理、寿命後の放棄について、どのようなリスクがあるかの具体的な説明であった。たとえば敷設工事の項では、欧州で先例がある長距離海底ケーブルに比較して、日本海の環境条件がいかに劣悪か、その劣悪さが敷設時だけでなく敷設後にどのような問題をもたらすかが説明された。極めて高度な技術とそれを担える技術者が必要なだけでなく、そこに最善の努力があったとしても大きなリスクが残ってしまうのが電力用の長距離海底ケーブルの宿命である。

 以上の諸点に加えて講演で私が強い印象を受けたのは、そこで紹介があった昭和63年(1988年)に資源エネルギー庁が中心になって報告書をまとめた直流送電技術検討委員会の、検討体制である。まさに産官学の専門家が、産については電気事業者や電機メーカーの専門家も、そこには網羅されていた。検討に参加した専門家は、もし問題が発生したならば、何らかの形で責任を取らざるを得ない人たちであった。

 800kmHVDC、マスタープラン、電力系統のネットワーク化、そして第7次エネルギー基本計画に、もし問題が発生したならば何らかの形で責任を取る人たちがきちんとコミットしているのだろうか。そうであってほしいと願う。第7次エネルギー基本計画が策定されれば、それに基づく実現施策が講じられることになる。あらためて「なぜ」を問い直してほしい。

 最後に脱線気味だが、ぜひ記しておきたいことがある。今年9月支払い分からの電力大手10社の電気料金が、政府の補助が始まるので値下がりするとの報道があった。これが「電力自由化」「電力システム改革」のあるべき姿なのだろうか。