原子力発電はブギーマンではありません
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
今回の地震で被災された方に、衷心よりお見舞い申し上げます。また、亡くなられた方に哀悼の意を表します。
多くの自衛隊員、警察官、消防隊員、公務員、インフラ企業関係者などが、困難な状況の中、現地で救助、支援、復旧に当たっておられます。電力設備関係だけで、中部、関西、東京、東北、北海道の5電力会社から1700名が現地に入られています。
そんな中、原子力発電所の現状に関し事実とは異なる情報がSNSで発信される状況があります。鳩山由紀夫元首相は、志賀原発に関し「爆発音がして変圧器の配管が破損して3500Lの油が漏れて火災が起きた。それでも大きな異常なしと言えるのか。被害を過小に言うのは原発を再稼働させたいからだろう」と発信したとニュースで伝えられ、北陸電力が火災の発生を否定するコメントをだすことになりました。
由紀夫氏の長男、紀一郎氏は由紀夫氏の文章を引用し、「こちらのポストにつきまして、父には撤回を求めました」と投稿したと伝えられていますが、撤回はされていないようです。
事実ではあるものの、科学的ではないことを発信される元経済産業省官僚の古賀茂明氏のような人もいます。「1000ガル以上も計7地点で確認されている。だが、たまたま運が良かったのかどうか、あるいは計測に異常があったのかもしれないが、北陸電力の発表を鵜呑みにすると、志賀原発1号機原子炉建屋地下2階で399.3ガルだったということだ」とウエブ版の「アエラ」に掲載されていますが、地表の揺れと固い岩盤の上に立つ原発の揺れを比較するというトンでもないことをし、あたかも計測あるいは発表に疑いがあるような書きぶりをされています。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は昨年末の振り返りの中で「原子力発電については、かつてブギーマン(子供が怖がる妖怪)ではないと説明するのが常だったが、最近では現実を見る人が増え理解が進んだ」との主旨を述べていましたが、依然として原子力をブギーマンのように思っている、あるいは読者にそう思わせたい方がおられるようです。
志賀原発の変圧器の油漏れにより「外部電源が一部失われた」と報道されましたが、外部電源は5回線あり、そのうち2回線が使用できなくなり、3回線には影響はないということを多くのメディアは伝えません。
中には、本質でない漏れた油の量を何度も報道するメディアもあります。どうしても地震により原発が大きな影響を受けたとの印象を与えたいのではないかと思うほどです。
外部電源がすべて失われるという万が一の事態に備え、非常用電源があり、さらに電源車まで用意されていること、ため池に冷却水までが蓄えられていることが報道されることはありません。安全設備は2重、3重になっています。
地震国日本では、いざという時に頼りになる電源が必要です。今回の地震でも関西電力の福井県の7基の原発は頼りになる存在だったと思います。ブギーマンを恐れて電源を多様化せずにおくと、震災に対応できなくなり、長期に停電する心配があります。
安全性を確保しながら原発を含めた電源の利用を進めることが、現実的な対応策だと思います。今回の能登半島地震が原子力発電所にどのような影響を与えたのか、SNSではなく北陸電力の発信を見るべきですが、電気事業連合会が志賀原発に加え柏崎刈羽原発まで含めた関連する情報を発信していますので、ブギーマンを信じている方はホームページをご覧になればと思います。一部メディアの方には記事を発信する前にご覧いただくのが良いのではと思います。
正しい情報を持たないと正しい判断ができないのは言うまでもありません。2011年にノーベル経済学賞を受けたトーマス・サージェント・ニューヨーク大学教授のカリフォルニア大学バークレー校卒業式での有名なスピーチがあります。その中でサージェント教授は「誰もが自分の能力、努力、嗜好については、あなたよりも、多くの情報を持っている(Other people have more information about their abilities, their efforts, and their preferences than you do.)」と述べています。
情報の非対称性と呼ばれる問題ですが、当事者が最も情報を持っていることを簡潔に言い表しています。当事者以外の情報に基づきSNSを発信する前に、最も情報を持つ当事者の発信をまずチェックしましょう。