相性の悪さ越え 探る活用の道
書評:エドワード・キー 著 原子力産業新聞編集部 訳『市場の失敗 電力自由化が原子力を葬り去る』
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「電気新聞」より転載:2023年11月10日付)
これまで、メディアを含む多くの方に、「脱原発が世界の潮流であるのに、日本はなぜ」といった質問を受けた。しかし、本当に「脱原発が世界の潮流」であったのだろうか。
質問をした方に「『世界』とは具体的にどこの国を指すのか」と問い返して、ドイツ以外の事例が返ってきたことは残念ながらない。確かにドイツは、日本がこれだけの重大事故を防ぎ得なかったことに衝撃を受け脱原発を決定、今年、国内全ての原発を停止させた。しかし2011年以降も、中国40基、ロシア10基、韓国6基、パキスタン5基、インドとUAEは各3基が新設され、営業運転を開始している。世界全体では73基に上る。ドイツ一国を見て「世界の潮流」と捉える風潮には強い違和感を覚えたが、わが国にはなぜか「ドイツ出羽守」が多い。
そもそも、エネルギー政策はその国の資源の賦存量や気象条件、国土の形状、地政学的状況や産業構造などを踏まえて自ら考えるべきものだ。わが国ほど他国の政策を参照することに熱心な国もあまりないが、参照すべき国を自ら狭めた議論が多いのは残念だ。
他国の経験から、避けられる失敗は避けるべきであることは論をまたない。本書は、自由化市場と原子力の相性の悪さを論理的に整理したものである。原子力発電所は、建設費用がばく大で運転開始までの期間も長い。投資回収が確保されていれば低利での資金調達が可能だが、短期的に変動する電力市場での投資回収を前提とすると、資金調達コストだけでプロジェクトが経済性の観点から成り立たなくなってしまう。「脱原発が世界の潮流」と感じられたのは、先進国の多くが電力市場の自由化を行ったために新規建設が停滞したことによるのだろう。
原子力は安価で大量の脱炭素電源を供給するポテンシャルを持つが、そのポテンシャルを発揮させ国民に貢献する技術として活用するのであれば「市場に置き去り」にしてはいけないのだ。
本書はこうした原子力の技術的・経済的な特徴を、丁寧な用語解説や豊富な事例によって、極めてわかりやすくまとめている。多くの科学者やジャーナリストのコメントが引用されており、ソフトな装丁も相まって、エッセー集を読んでいるような感覚で読み進められる。エネルギー関係、特に原子力をテーマとした本で、このように手に取りやすいものはなかなかなく、貴重な一冊といえよう。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『市場の失敗 電力自由化が原子力を葬り去る』
エドワード・キー 著 原子力産業新聞編集部 訳(出版社::原子力産業新聞)
ISBN-978-4-9912387-0-3