「二極化」する処理水報道で風評被害を抑える2つの重要な点とは何か!


科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表

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 東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出がいよいよ始まる。風評被害の懸念や中国、韓国側の言い分をめぐる報道では、依然として主要新聞は二極化している。メディアが傍観者的な報道を続けている限り、風評被害の懸念は消えない。メディアが風評に加担しているかどうかを見分ける2つの重要なポイントを押さえておきたい。

海外の状況をどう報じたかが記事の良否の決め手

 処理水の報道で記事の質の良否を見分ける判断目安が2つある。ひとつは「トリチウムを含む水が海外の原子力施設でも海などに放出されている状況をどう報じているか」だ。もう一つは「中国と韓国の言い分を垂れ流しで報じているかどうか」だ。
 風評とは根拠のないうわさのことだ。確たる根拠がないのに、人々が不安になったりする大きな要因は、メディアが的確に報じないからだ。処理水をめぐる報道で最も重要なポイントは、海外の原子力施設でもトリチウム水が海洋などに放出されているという事実だ。
 つまり、海外の原発でのトリチウム水の放出の様子を地図やグラフで見せれば、記事の本文を読まなくても、「なーんだ。海外の原子力施設は日本よりも多くのトリチウムを放出しているんだ。日本に対して、文句を言う資格はないよね」とすぐに理解するはずだ。
 では、中国や韓国でもトリチウム水を放出しているという事実を主要な新聞がしっかりと報じているかというと、そうではない。

中国や韓国の言い分を垂れ流すのはどの新聞か?

 国際原子力機関(IAEA)は7月4日、「国際的な安全基準に合致する」との包括報告書を公表した。その翌日の一般5紙(読売、朝日、毎日、産経、東京の各新聞朝刊)を読み比べてみよう。
 ポイントは「海外でもトリチウム水を放出している」という事実をどこまで詳しく、かつ分かりやすく報じているかである。朝日新聞(5日)はIAEAのグロッシ事務局長の「環境に対する影響は無視できる水準だ」とのコメントを載せているが、海外の原子力発電所、特に中国や韓国でもトリチウム水を放出しているという記述は見当たらない。逆に中国の反応に関しては、「中国 報告書に異議」との見出しで中国側の言い分をそのまま載せている。
 毎日新聞(5日)は2面で「お墨付きに国内外反発」「中国 妥当性に疑問」「漁業者は『漁を続けていけるのか』」といった見出しを並べ、風評を促すようなネガティブな言葉があふれた。記事の本文をよく読めば、不安や恐怖を煽っている内容ではないものの、朝日と同様にトリチウム水を大量に流している中国の言い分をそのまま垂れ流している。
 常日頃、新聞は「政府の発表をそのまま垂れ流して報道するのは記者として失格だ」と言いながら、中国の言い分は垂れ流し放題である。海外の放出については、毎日新聞の社説(6日)は「諸外国も、原発の稼働で生じるトリチウム水を海に流している」と書いたが、たった2行分の記述ではインパクトがない。
 東京新聞(5日)は1面の見出しで「国際基準に合致」としながらも、「『理解』なく進む政府手続き 反対の声に向き合わず」と否定的なニュアンスの言葉が並ぶ。社会面の見出しは「迫る海洋放出『風評すでに』」と宮城県産のホヤの輸出がすでに風評被害に遭っている様子を報じた。海外の原子力施設がトリチウム水を放出しているという記述は見当たらない。しかし、中国や韓国の言い分は写真入りで大きく報じている。風評を助長する典型的な記事のようにみえる。
 これまでの説明でお分かりのように、朝日、毎日、東京は海外の放出状況をほとんど報じていない。と同時に中国や韓国の肩をもつような印象を与える記事が目立った。

海外の放出を図表入りで報じたのは産経だけ

 これら3紙に対して、読売新聞(5日)は、1面で「近隣国影響『無視できる』」とあえて近隣国への影響がないことを大見出しで強調した。本文では「中国は、自国の原発から周辺海域に放射性物質トリチウムを含んだ水を放出しているにもかかわらず、日本の海洋放出を批判する」と書き、中国の主張は言いがかりだと報じた。読売は同じ5日付けの1面の見出しで「次世代原発三菱重が統括 経産省決定 高温ガス炉など開発」と報じ、処理水が安全なだけでなく、次世代型の原発が開発されている様子を肯定的に報じた。
 産経新聞(5日)は、海外の放出状況が一目で分かる図表(写真1)を載せた。この地図入りの図表を見れば、福島第一原発の処理水が年間22兆ベクレル未満で放出されるのに対し、中国の4つの原発は、143兆ベクレル、102兆ベクレル、112兆ベクレル、90兆ベクレルとすべてが日本を上回るトリチウムを放出していることが分かる。さらに韓国の2つの原発からも日本以上のトリチウムが放出されていることが即座に分かる。しかも図表のすぐ横を見ると、「福島排出量 中韓の半分以下」と大きな見出し文字が目に入る。この図表を見るだけで中国や韓国の言い分に理がないことがだれでも分かる。


写真1 日中韓のトリチウム年間排出量
出典:産経新聞(7月5日)

 こういう一目で分かる図表を載せるかどうかは、報道のスタンスを知るうえで決定的に重要である。これまでに処理水の新聞記事を検証してきた筆者の印象では、読売新聞は過去に幾度か図表を載せたことがあるものの、朝日、毎日、東京ではこうした図表入りの放出量を見たことがない。
 ただし、毎日新聞は7月8日の朝刊2面の「検証」と題した記事で、ようやくというか、米国や韓国、中国、カナダ、フランスの原子力施設から日本よりも多くのトリチウムが放出されている棒グラフ(写真2)を載せた。5日付け記事に足りない内容を補うというフォロー記事としては、とても好感のもてる内容だった。 


写真2 1年間に液体で放出されるトリチウム
出典:毎日新聞(7月8日)

主要新聞の二極化

 こうしてみると、朝日、毎日、東京の陣営と読売、産経の陣営がはっきりと二極化していることがわかる。これはよい意味に解釈すれば、日本の言論界は全体として見れば、言論の多様性がまだ確保できているといえる。残念なのは、こと中国や韓国からのいわれなき批判に対して、朝日、毎日、東京新聞が遠慮がちなことだ。なぜ、「あなたたちは自国の原発で日本よりも多くのトリチウムを流しているではないか。あなたたちの国で風評が起きていないなら、日本でも風評は起きないはずだ。無益な非難はやめよう」と堂々と言わないのか。本当に不思議である。
 中国の記者からの質問(4日の日本記者クラブの会見)に対して、グロッシ事務局長は「中国を含めて世界中がトリチウム水を海洋放出している。日本の計画は信頼に足りる」と答えているが、それを報じたのは産経新聞だけだった。
 政府やIAEAがいくら「海外の原子力発電所でもトリチウム水を流している」と言っても、それをメディアがちゃんと国民に伝えてくれなければ、国民の理解は進まないし、風評被害の払しょくは難しい。風評被害が起きるかどうかのカギを握るのはやはりメディアの報道いかんだと明確に言える。