最近報道されている「ヘリウムフュージョン」は救世主になるのか 


元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与

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核融合からフュージョンへ

 本稿の本題に入る前に、6月8日の総合科学技術・イノベーション会議後の会見で高市早苗大臣が、「核融合エネルギー」の呼び方を「フュージョンエネルギー」に変更すると発表したことを報告したい。核爆弾を連想する「核」という漢字が持つネガティブイメージ払拭のためと思うが、一文字に独立した感情が付与されてしまう漢字文化特有の難しさだろう。
 参議院議員の山東昭子氏(ITER計画開始時の科技庁長官)は、2002年の核融合エネルギー連合講演会で、核融合の「核」のネガティブイメージを指摘し、新名称の考案を促した。それから20年以上たち、やっと回答が示されたわけだ。名称の変更には賛否両論あろうが、本稿では、原則「フュージョン」と記載することにした。

ヘリウムフュージョン

 国際協力で建設中のフュージョン実験炉ITER(イーター)は、最も反応を起こしやすい重水素(D)と三重水素(T)のフュージョン(DT反応)を使う。温度は1億度が必要だ。一方、昨今、マスコミをにぎわす海外ベンチャー企業のフュージョン開発は、DT反応よりクリーンとされる重水素とヘリウム3のフュージョン(ヘリウム反応)をつかうというものも多い。ヘリウム3は原子核の重さが普通のヘリウムの3/4しかない同位体と呼ばれる元素だ。ヘリウムフュージョン炉(以下、ヘリウム炉)がDT炉よりクリーンとされる理由は、(1)反応元素が両方とも非放射性、(2)ヘリウム反応では中性子が出ないので構造物を放射化しにくい、の2点とされる。
 しかしながら、ヘリウム反応には5億度くらいが必要になるから、その実用化には多くの開発要素が残っている。DT反応であれば1億度であり実用化への道筋は見えているが、その5倍もの温度となるとハードルは遥かに高い。
 ヘリウム炉実現への難易度の認識は、科学的立場から実現を長年探求している研究者の論文発表(例えばプラズマ・核融合学会誌の2022年のレビュー)と、ベンチャーのマスコミ発表は印象がずいぶんと違う。夢を前向きに語ることは重要ではあるが、後者はあまりに科学的に楽観的なものが多い、というのが筆者の正直な意見だ。しかし、そこにチャレンジするからこそベンチャーなのだし、筆者もヘリウム炉もぜひ実現してほしいものだと思うが、一般向けのニュースに明示されていないこともある以下の本質的な2課題は、ぜひ知っておいてほしい。

中性子はゼロではなくそれなりに発生する

 ヘリウム反応自体では、中性子は発生せず、水素と普通のヘリウム(ヘリウム4)ができる。しかし、その反応を使うヘリウム炉で中性子が出ないということではない。なぜなら、燃料の片方は重水素だから、その重水素同志のフュージョン「DD反応」も必ず並行して起こるのは避けられないからだ。DD反応では、三重水素、水素、ヘリウム3と中性子ができる。発生する三重水素はわずかだが、その反応率が高いので、三重水素の多くは炉内でDT反応を起こし、そこでも中性子が発生する。この結果、ヘリウム炉での中性子の発生量は、決してゼロではなく、DT炉の1/10以上になる。それゆえ中性子による放射性廃棄物も、少なくはなるが、なくならない。厚い中性子遮蔽も必要だ。いずれもDT炉と同様なことはしなければならない。

燃料は月面から輸送しなければならない

 ヘリウム3の資源は、地上にはほとんどないが、DT炉が自己生産する三重水素が崩壊するとヘリウム3ができ、DD反応でもヘリウム3ができるので、これらと組み合わせて地上でヘリウム3を作りながら運転するフュージョン炉も考えられている。ただし、そのような炉では、ヘリウム反応よりも、DD反応とDT反応の方が多く起こるので、前述したヘリウム反応の目指す2つのメリットは大幅に減ってしまう。一方、ヘリウム3は月面に豊富であることが確認されているので、DDやDT反応によるヘリウム3に頼らずにヘリウム炉を動かすためには、ヘリウム3は月面から地上に運ぶ必要がある。電気出力が100万キロワット級のヘリウム炉1基あたり年間に100kgくらい必要だろう。発電コストの採算を取るには1トンあたり千億円くらいで月面から運ぶ必要がある。もちろん、輸送する以前に、ヘリウムを月面で採掘して、精製しなければならないが、そのような工場を月面に建設して操業するということも前代未聞の挑戦である。とても簡単とは言えない課題なのは間違いない。

 これらの課題は研究者の間ではよく知られているが、一般向けのニュースではあまり出てこないので、あらためて解説しておくことにした。実用化を目指すには、とりあえずヘリウムフュージョン反応を起こすというだけでなく、発電事業として成立させるために必要な、これらの課題にも正面から向きあっていく必要がある。

 また、ヘリウム炉の設計では、DT炉の設計よりはるかに楽観的な物理や技術を仮定しているのが普通だが、もし、同じ楽観的仮定を使ってDT炉を設計すれば、高効率、低コストで、小型ゆえに放射性廃棄物も少ないDT炉が設計できてしまう。それと比べながらヘリウム炉のメリットを考える必要があるはずだが、この点も、意外なほど忘れられているような気がしている。

 ヘリウムフュージョンは興味深いが、実用化して発電事業まで持っていくための技術的なハードルの高さに鑑みると、やはり今の所メインストリームであるDTフュージョンの方がはるかに先を行っている。