原発の運転期間延長を考える
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「産経新聞【正論】」より転載:2023年4月13日付)
政府は、クリーンエネルギー中心の経済社会システムへの移行を目指す上で、原子力発電所の運転期間に関わる規制を見直そうとしている。安全性に関わる事柄であり、科学的知見に基づく議論が必要だ。議論の経緯と課題を整理したい。
運転期間制限導入の経緯
一般的に設備の寿命は当初の導入技術や設置条件、メンテナンスや使用条件によって大きく異なるため、一律に定めることは困難である。車検に合格すればどんなクラシックカーでも走行可能であることが良い例だ。諸外国でも原発の運転期間を安全規制によって制限する例は無く、ライセンス期間を定めて定期的に設備の安全性を確認し、運転継続の是非を判断している。
わが国の原発の運転期間制限は2012年の与野党共同提案の議員立法による原子炉等規制法改正時に盛り込まれた。当時の国会での議論を振り返ると、驚くべきことに40年、60年といった年限に「科学的根拠は無い」と明言されている。12年6月15日の衆院環境委員会の議事録には「まず、40年という数字の設定が非常に政治的なものであって、科学的な根拠に基づかない」との発言が残されている。民主党野田政権で担当大臣を務めていた細野豪志衆院議員も当時を振り返り「科学的根拠は無かった」との認識を示している。
原発の運転期間を制限する規定を置くことで安心したいという世間の要請に応えるために、安全規制に運転期間の制限を盛り込んだということで、本来は科学的・技術的根拠に基づいて行われるべき安全規制に関わる議論としては乱暴であったと言わざるを得ない。
政策として脱原発を進めるなら原子力基本法の「利用の推進」という目的を転換したうえで、これまでの政策の下で行われた投資の未回収分やバックエンド費用の回収など必要な措置を採るべきであった。ドイツは実際に安全規制ではなく、専ら原子力法の改正によって脱原発を進めている。
規制委における議論
原子炉等規制法改正の国会議論では、運転期間の制限について、当時設置が進められていた原子力規制委員会での議論に委ねるとの発言もあったため、18年8月に大手電力各社から同委員会に対して、科学技術的観点から運転制限の在り方を検討するよう要請があった。同委員会は約2年をかけて検討した上で、20年7月、運転期間を40年とする定めは評価を行うタイミングでしかなく、利用期間の決定は「原子力の利用の在り方に関する政策判断にほかならず、原子力規制委員会が意見を述べるべき事柄ではない」との方針を示した。科学的に一律の判断ができる事柄ではないとしたわけだ。
この方針を受け21年10月に策定された第6次エネルギー基本計画で、停止期間の長期化を踏まえ、安全確保しつつ長期運転を進めていく上での諸課題を検討するとされた。その上で運転開始から30年以降は、10年以内ごとの点検を義務付けるという長期運転に関わる規制強化(原子炉等規制法)と併せ、事業者が予見し難い事由による停止期間に限り、60年の運転期間のカウントから除外する(電気事業法)ことが審議されているというのが、今回の経緯だ。
そもそも停止期間の除外を議論する必要が生じたのは、規制基準への適合審査による停止があまりに長期化しているからだ。適合審査が終わるまで発電所は運転を停止させられているが、実はこの判断は原子力規制委員会の委員長による「私案」が定着したものだ。こうした議論のプロセスを含め、規制活動の適切性に対するチェック機能なども必要となろう。米国では議会が原子力規制機関の審査活動の効率性をチェックする義務を負っている。
長期運転と安全性
議論の経緯はさておき、最も重要なのは「長期運転によって安全性は低下するのか」という点だ。現状では長期運転によって安全性が低下したとのデータは得られていない。世界でこれまでに発生した深刻な原子力事故は、福島第1原発の事故を除けば、おおむね運転開始から2年以内に発生しており、国際原子力機関(IAEA)のデータによれば、40年、50年超の原発の設備利用率は総じて80%以上となっている。
わが国よりも原発導入で先行した米国や欧州各国は当然、発電所の高経年化において先行する。圧倒的に多額の安全対策投資を行ったわが国と単純比較は難しいが、先行する他国で蓄積される知見を参照しつつ、高経年化炉の活用と安全性を検討することが必要だ。
新陳代謝を促進し、安全性や効率性を高めていくことが技術利用における基本であると筆者は考えているが、「まだ使える」原発を早期に廃止することは国民経済にとってはマイナスとなる。
加えて特にわが国においては福島第1原発事故の経験を経て、安全規制を抜本的に見直して対策を行っている。議論の経緯を改めて見直し、原子力の利用と安全規制の最適化を進める必要があろう。