気候科学の伝言ゲーム

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿は、Ralph Alexander, CHINESE WHISPERS HOW CLIMATE SCIENCE GETS LOST IN TRANSLATIONの本文を、GWPFの許可を得て邦訳したものである。

1. はじめに

 ニューヨーク大学のスティーブン・クーニンは、近著『Unsettled』と同タイトルで行われたGWPF年次講演1において、気候変動は科学的に確立されたものであるという従来の政治的常識に疑問を呈し、この誤解がどのようにして生まれたのかを考察している。そして、確実なことも不確実なこともある科学が、どのようにして「(唯一の)ザ・科学」となり、どのように要約され、伝えられるのか、そしてその過程で何が失われるのかについて探求した。その結果、地球温暖化に関する一般的な認識は、科学的な見解とは著しく異なっていることを明らかにした。

 クーニンは、気候変動問題の多くは、英国や北米で知られている子供の遊び「チャイニーズウィスパーズ」や「テレフォン」(どちらもいわゆる伝言ゲーム)に似て、誤ったコミュニケーションから生じていると結論付けている。研究文献から科学的評価報告書、評価報告書の要約、プレスリリース、そして最終的にメディアに至るまでに、気候に関する情報が次々と抽出されていく中で、誤解が生じたり情報がねじ曲げられる機会が十分にあることを指摘している。そしてそれが、メディアはもちろん、気候科学に関する一般の人々の主要な情報となっているのである。

 この論文の目的は、気候問題に関する情報の歪んだ伝達に関するクーニンの主張が、いかに本質的に正しいかを示すことである。そのために、膨大な量の気候科学文献から選んだ2つの例、すなわち過去2000年の世界の気温記録、そして海洋熱波について詳細に検討する。
 以下、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の2021年第6次評価報告書(AR6)を中心に、以下のような段階を経て、基礎科学が歪められていく様を追っていくことにする。

Assessment Report(評価報告書)→Summary for Policymakers:SPM(政策立案者向けサマリー)
Summary for Policymakers:SPM(政策立案者向けサマリー)→プレスリリース
プレスリリース→メディア・環境報道

 なお、研究論文が殆どの評価報告書にまとめられるまでの時間は比較的短いので、この伝達段階については検討に含めないことにする。

 IPCCの評価報告書は、実際には3つの異なるワーキンググループによってまとめられた別々の報告書とSPMから構成されていることに注意する必要がある。第1作業部会は気候科学者を中心に構成され、科学に焦点を当て、他の2つの作業部会と関連するタスクフォースは、気候科学者以外の技術者や政府官僚を中心に構成され、地球温暖化の影響と緩和をテーマにしている。一方、SPMは政府代表が中心になって書かれ、報告書の全文が完成する前にまとめられることが多い。

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