大和は沈んだが技術は残った
書評:広島県呉市 編集 呉市役所 発行『呉の魅力・お宝90選』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(「電気新聞」より転載:2023年1月27日)
広島県呉市を訪れた。駅前に戦艦大和ミュージアム。さっそく行ってみたがコロナで休館。がっかり。気を取り直して海岸沿いに歩く。中心部を出ると「歴史の見える丘」という小さな公園がある。ここからの眺めは圧巻。工場がずらりと並んでいるが、ひときわ大きいのは造船所の屋根。戦艦大和の46センチ砲を秘密裡に建造するためのものだったそうだ。旧呉海軍工廠造船部造船船渠大屋根という長い名前がついていてジャパンマリンユナイテッド呉事業所にある。
さてこの本、呉市役所発行で、よくある自治体のパンフレットのような体裁だが、実に内容が濃くて面白い。かつての防衛産業都市の呉の様子と、その技術を受け継いだ現在のナンバーワン・オンリーワン技術を持つ企業群が紹介されている。熟読してから散策すると、面白さ百倍だ。「大和は沈んだが技術は残った」。戦後、呉は軍事技術を基礎にして、民生技術を開花させたのだ。
戦艦大和は当時のハイテクの粋だった。スクリュー、装甲板や主砲を造るための製鋼技術、敵艦までの距離を正確に測る15メートルもある測距儀、水の抵抗を減らす球状艦首などは、さもありなん。意表を突いて面白いのはエアコンで、大和の士官室は夏でも27度で「大和ホテル」と呼ばれたとか。食料を1カ月貯蔵する冷凍冷蔵庫もあった。これらは当時最先端、戦後の民生技術の基礎になった。ちなみにダイキンは今ではエアコンメーカーとして有名だが、もともとは弾薬を製造していた会社であり、弾薬の温度管理のためにエアコンの研究を始めたという。
さてなおも歩くと工場が延々と続く。この本には呉で高い技術を持つ企業が写真入りで紹介されている。船舶を引き揚げるサルベージ、浚渫などの海洋土木、火薬製造といったものは、いかにも軍事技術の転用らしい。だがそれにとどまらず製造技術としての金属加工、研磨、半導体などの精密切断、計測技術としてはマイクロメータ、ノギス、光学測定機器、以上を活用したジェットエンジン部品、ポンプ、高圧ガス容器、地震測定器から、さらにはヤスリや万年筆まである。
さらに歩いていくと高炉のある日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区があるが、これは残念ながら今年9月末に全設備休止の予定で、雇用への影響が心配されている。今防衛費増額で日本は防衛産業の再興を期している。呉はその中心に返り咲いてほしい。
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