目立つだけで効果がない環境政策はやめませんか
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「エネルギーレビュー」より転載:2023年1月号)
エジプトで開催されたCOP27に、都知事として初めて小池百合子氏が参加したと報じられていた。2003年にミラノで開催されたCOP9の会場で当時環境大臣だった小池氏を見かけたことがある。環境大臣であればともかく、都知事が参加する会議でもないように思うが、温暖化問題に高い関心をお持ちなのだろう。
小池都知事は、住宅への太陽光パネル設置の義務化を推進しているが、導入には多くのデメリットがある。固定価格買取制度を通し電気料金が上昇することに加え、導入により貧富の格差が拡大する。パネルを導入可能な家庭は一戸建てを保有し相対的に収入が高い。その家庭では設備導入により支払う電気料金は減少し送配電コストと賦課金額の負担が減る。その減少分を相対的に収入が低い世帯が負担することになる。太陽光発電が増えると、火力発電設備の利用率が低下し、設備の休廃止が進むことになる。冬季の夕方の電力需要ピーク時などに発電設備がさらに不足すると停電危機が深まる。
小池都知事は水素パイプライン構想もCOP27の会場で披歴したと報道されている。「世界中で作られたグリーン水素を受け入れるため基幹パイプラインを含めた供給体制を構築する」との発言だが、これも太陽光パネル義務化と同様に問題がある構想だ。
グリーン水素は、欧州では再生エネ電源を利用し水の電気分解により製造される水素を指している。米国では原子力発電による電気を利用した場合もグリーン水素と呼んでいる。いま、ロシアが引き起こしたエネルギー危機からの学びとして、多くの国はエネルギー源の多様化だけではエネルギー安全保障にならないことに気がついた。ロシアのような強権国家が世界一の化石燃料輸出国であれば、エネルギー供給に大きな問題を抱える。エネルギー自給率の向上が重要なのだ。そんな中で、水素を輸入するのであれば、安全保障上の解決策にはならない。
中には、ドイツのように水素製造のため電力需要が大きく増えることが見込まれるが、国内に再生エネ電源を敷き詰めても水素製造に必要な発電量を得ることができず、グリーン水素を輸入せざるを得ない国もある。ドイツは豪州から水素を輸入することを目論み覚書を調印済みだ。
自給率を考えると、水素を輸入するのではエネルギー安全保障の強化にはつながらない。再生エネの電気に余剰があり水素を製造可能な国は、豪州以外で考えると中東の国が最有力だが、それでは原油と同じ輸出国のリスクになる。欧州でも中東の電力によるグリーン水素製造の構想があるようだが、水素製造装置は欧州内に設置し、水素ではなく電気を輸入するのだろう。
安全保障に加え、コストの問題も大きい。水素を液化、あるいはアンモニアの形で海外から運び、さらに国内で輸送するコストはいくらになるのだろうか。豪州の褐炭からブルー水素を製造し日本に輸送するプロジェクトが進んでいるが、その数量は限定的だ。加えて、国内で原子力の電気を利用し電気分解により、需要地の近くで水素製造が行われるようになると輸入水素の競争力はなくなるだろう。
小池都知事は、新しいことを持ち出すのがお好きなように見えるが、政策としての費用と便益を良く吟味した上での提案とは、とても思えない。思い付きで持ち出した案に翻弄される都庁の職員も大変だろうが、万が一政策が実行されれば迷惑を受けるのは都民だけでなく全国民だ。例えば、水素を輸入し東京で揚げれば、東京都には雇用などのメリットがあるだろうが、価格が高い水素の影響を受けるのは日本の消費者全てだ。都の政策の影響を都民以外が受けるのは気の毒だ。都知事は、もう少し多面的に物事を考える必要があるのではないだろうか。