温暖化と銀行の役割
ー産業金融の視点からー
豊田 浩
日本冶金工業株式会社 取締役常務執行役員
銀行の機能は、金融仲介や信用供与、為替など様々あるが、その根幹は、今も、企業の事業性を理解し、企業との対話を通じて必要な資金調達メニューを提供するということであると思っている。今や金融自由化により企業にとっても資金調達の形態は様々であり、かつてのような銀行主導の借入が中心でなくなっていることは事実であるが、銀行が関与する役割が大切であることは今も変わらない。
気候変動対応において、金融による強力なイニシアチブを求める動きがある。民間のみならず金融当局、中央銀行などすべての金融関係者の参加を求め、「ネットゼロに向けた民間金融システム」の構築を掲げており、その中身は情報開示義務化、ストレステスト、信頼性評価手法など、まさしく金融が政策に指図するものである。既に、環境団体や機関投資家を通じて、事業撤退を求める株主提案がなされるなど、過激な動きがみられる中、同様に金融機関に対しルール化することで金融システム全般を通じて企業行動を監視、ビジネスの変革を強いることになる。こうした中で、日本の銀行は、いずれも、ダイベストメントでなくエンゲージメントを通じて、顧客と一緒に脱炭素社会への移行を実現していく旨を表明しているが、一部の投資家の圧力に屈することなく、行き過ぎた資本主義の論理に対して、毅然とした態度で臨んでほしい。
さて、エネルギー問題は、現在の日本の最重要課題の一つであるが、過去を踏まえて現実を直視し、将来を考えることが大切ではないだろうか。足許の電力危機を脱炭素の視点からどうとらえるのか、重要である。例えば、日本の石炭火力はアジアへ展開してきた最先端の技術であり、アンモニア混焼に見られるように石炭から脱炭素の技術が生まれるという可能性を排除すべきではない。他国の脱炭素の潮流に流されるのでなく、日本独自のロードマップを確立し、トランジションというならば、ベース電源として確保してきた高効率の石炭火力技術活用の可能性をエネルギー源の多様化と資源の安全保障の観点から改めて見出していく、という視点も必要と思われる。再生エネルギーについては、今後のカーボンニュートラル時代のエネルギーの柱の一つではあるが、これに対して過度の期待や偏重をしすぎてはいないであろうか。呼び水としてのFIT事業に依存するあまり、高い賦課金を国民のみならず国内電力多消費企業に負担させており、国際競争力を喪失させていることも否定できない。電力は社会基盤を支える重要なインフラであり、安定供給体制の構築とともにそのコスト競争力が重要である。エネルギー自給率の低さを理由に、再生エネルギー依存を高めに設定せざるを得ないのはやむを得ないが、持たざる国の資源は、これまで蓄積してきた人的資源、技術といったソフトパワーであることを忘れてはいけない。これを伝承し将来の糧にすることが大切ではないだろうか。
エンゲージメントの基本は、対話である。銀行にとってはこの言葉は新しいものではない。信頼関係に立脚した顧客との対話が銀行業務の本質であるからだ。顧客企業からすると、改めてエンゲージメントと言われてもかえって戸惑うのではないか。各銀行ともトランジションについて、戦略策定、排出量把握、ファイナンスなどを支援業務としてビジネスチャンスに掲げているが、産業への知見をベースに、事業に対する目利きができているだろうか。企業が銀行に求めるのは専門人材ではなく、産業の行く末を企業と一緒に語れる銀行ならではの人材であり、そして腰を据えて金融面で支えることである。トランジションといっても、未だ技術的な課題のみならず経済性も担保されていない。従って、現在立てた計画に沿ってリニアに進んでいくものでなく、環境変化で振れ、計画見直しや代替策を検討することも求められるはずである。こうした投資計画について常にベクトルを合わせながら中長期的な視点でファイナンスを継続し、企業を支えていくことが必要である。気候変動対応のリスク分析やカーボンニュートラル計画において、様々な局面でコンサルティング業務が活況を呈している。教科書的なマスタープランやロードマップであれば、ブランド力と情報を持った専門のコンサルティング会社に任せておけば済む話であるが、今、企業とともに伴走していく役割が、信用を基盤とする銀行に求められている。