ウクライナ戦争をエネルギー政策リバランスの契機にせよ(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 ロシア・ウクライナ戦争は冷戦終結後の国際秩序や各国の安全保障政策に計り知れない影響を与えることになるだろう。国家安全保障と密接な関連を有するエネルギー政策についても同様である。
 もともとその萌芽は昨年秋からのエネルギー危機にさかのぼる。変動性再エネを強力に推進し、出力変動に対する需給調整を専ら天然ガスに依存してきた欧州は、ガス価格、電力価格の大幅な上昇に見舞われることとなった。

ドイツの政策破綻と脱原発への固執

 とりわけ影響が大きいのはドイツである。ドイツではメルケル政権の下で2022年の脱原発、2038年の石炭フェーズアウトを決めたところであるが、緑の党の参加を得て昨年12月に発足したショルツ連立政権の下では総発電量に占める再エネのシェアを2030年までに80%に引き上げ、石炭フェーズアウトを2030年に前倒しするとの方針が打ち出された。変動性再エネのバックアップと閉鎖される原子力、石炭の代替を期待されていたのがロシア産の天然ガスであり、そのための切り札がロシアからドイツに直接ガスを供給するノルドストリーム1と完成したばかりのノルドストリーム2であった。ノルドストリーム2が稼動すればドイツの対ロシア天然ガス依存度は7割に達する予定であった。

 このドイツの過剰な対ロシアエネルギー依存は、ウクライナに対するロシアの恫喝に対し、欧米の一致した対応を弱めることとなった。ロシアの恫喝の強まりにつれ、米国等からの圧力もあり、さすがのドイツもノルドストリーム2の承認を停止せざるを得なくなった。そこへ2月末のロシアのウクライナ侵攻である。欧米諸国が厳しい経済制裁を課す中でロシアからの石油、天然ガス調達に影響が出ることは必至であり、ロシア頼みのドイツのエネルギー転換の胸算用が完全に狂った。

 ショルツ首相はドイツのエネルギー政策を大転換するとの方針を示した。緑の党出身のハーベック連邦経済・気候保護大臣は年内の原発閉鎖の先延ばしや石炭火力の長期稼働も選択肢の一つであるとした。反原発を旗頭とする緑の党の大臣が脱原発の先延ばしに言及したことは驚きであったが、数日後、連邦経済・気候保護省と環境省の報告書は「原発の年内閉鎖の延期を推奨しない」との方向性を示した注1) 。これに先立ち、IEAはEUの対ロシア依存を低下するための10の提言注2) の中で22年に4基、23年に1基閉鎖される予定の原発の稼働を延長すればガス需要を月に10億立米減らせるとして原発の活用を推奨していた。ドイツが真面目に脱炭素を考えるのであればロシア産の天然ガスの「穴」の一部でも原発運転期間延長で対応するのが論理的な対応である。2022年末で予定通り原発を閉鎖すれば、ロシア産の天然ガスの穴を他地域からの調達で埋めることが難しい以上、石炭火力を活用するしかない。ドイツが脱原発を進める中で褐炭火力が増大したのと同じことが繰り返されるわけである。当然、CO2は増大するだろう。しかし緑の党からすれば2022年末の原発フェーズアウトの看板を下ろすことには支持者の反発があり、他方、石炭火力のフェーズアウト時期は2030年であるから、当面、石炭を活用したとしても2030年フェーズアウトの看板を下ろすことにはならない。ドイツはこれまで環境原理主義、脱原発原理主義、再エネ原理主義に基づいてエネルギー温暖化政策を推進してきた。それが破綻した今、最後までこだわったのは脱原発であったというのは、「さすが緑の党」と言うべきか。

ウクライナの教訓は脱化石燃料、脱原発なのか?

 環境関係者は「今こそ、再生可能エネルギーへの転換を推進すべきである」と声をあげている。その典型が3月7日に自然エネルギー財団の大林事務局長が出した「今こそ化石燃料と原子力からの脱却を注3) 」という論説である。破綻したドイツの施策を一層強化せよというのである。自然エネルギー財団の論旨は以下の通りである。

  • 化石燃料価格高騰に対して化石燃料開発投資を増大させることはロシア依存を減らせても、温暖化防止を遅らせ、問題先送りである
  • やるべきことは省エネ、電化、自然エネルギーへの投資増大である
  • 価格高騰する化石燃料に補助金を出すことは思考停止である
  • 自然災害や有事において原発は危険であり、脱炭素で原子力が必要との発想は炭素以外の環境、社会、経済要素をみない単純思考だ
  • 今や自然エネルギーは、最も安価なエネルギーとなり、欧州だけではなく、米国や中国も、自然エネルギーで大宗を賄う計画を持つ
  • ウクライナ危機は日本に対し化石燃料と原発からの脱却を実行に移していくべき事実を突きつけている

 省エネ、再エネ、電化に取り組むという方向性には異論はない。脱炭素化という究極目標に向け、この三つが大きな役割を果たすことは確かだ。しかし大林氏を含む環境派の議論の最大の問題点は、省エネ、再エネ以外のオプションを排除すること、将来の「あらまほしき姿」については雄弁に語る一方、そこに至るまでのコスト上昇、痛みについて全くといいほど語らないことである。

 エネルギーシステムの転換には時間がかかる。彼らが崇め奉ってきたドイツは変動性再エネを推進し、その出力調整を専ら天然ガスに依存する一方、反原発原理主義、環境原理主義の立場から安定電源としての原子力、石炭火力を二つながら封印してきた。その結果が今回の苦境である。

 自然エネルギー財団の主張するように脱化石燃料、脱原発を同時に進めるのであれば、変動性再エネを補うのはバッテリーもしくはグリーン水素しかない。ドイツがそうした道をとれなかった理由は、エネルギーコストの大幅な増加を招き、産業活動、国民生活に影響を与えるからだ。「自然エネルギーが最も安価な電源」ならばドイツも欧州もエネルギー危機に陥ることなどなかったのであり、むしろ自然エネルギーの実力不足が今回の危機を招いたというのが実情である。「欧州も米国も中国も自然エネルギーで太宗を賄う計画」というが、いずれも再エネのみならず原発も増やし、CCUSを活用することも目指している。原発について言えば、欧州では原発がタクソノミーに含まれ、米国では原発の運転期間の延長、SMRの開発等が進み、中国では原発の大増設計画があり、原発の海外輸出もうかがう。自然エネルギー財団が主張するように再エネのみで対応しようという偏頗なエネルギー政策を掲げている国はほとんどいない。

 自然エネルギー財団はガソリン価格高騰に対して政府が補助金を出すことも否定している。ガソリン補助金はマイナスの炭素税であり、脱化石燃料、温暖化防止という価値観のみに立脚すれば否定されることは当然であろう。化石燃料価格高騰に対策を余儀なくされているのは日本だけではない。フランスではガス価格の凍結を行い、英国では石炭増産を認可し、米国では連邦ガソリン税の凍結も議論されている。いずれも温暖化防止に逆行する。このことは国民生活、産業の血液であるエネルギーの安定・安価な供給が危機に瀕すれば、政府は温暖化対策を横に置いておいてでも対策をとらねばならない、換言すればエネルギー政策の一丁目一番地は安定・低廉な供給にあるというコモンセンスを示している。化石燃料も原子力も否定し、化石燃料価格高騰への対策をも否定する自然エネルギー財団は再エネ促進がなされさえすれば、エネルギーコストがいかに高騰しても構わないと言っているに等しい。

注1)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022030801191&g=int
注2)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58768370U2A300C2EA2000/
注3)
https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20220307.php

※ 次回:ウクライナ戦争をエネルギー政策リバランスの契機にせよ(その2)