拙著『エネルギーをめぐる旅 文明の歴史と私たちの未来』について


JX石油開発株式会社 技術管理部長

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 私はエネルギー業界に職を得たことをきっかけに、エネルギーと人類社会の関係に興味を持つようになりました。以来、サラリーマン生活を続けながら、なぜ人類はエネルギーを大量に消費するのか、そもそもエネルギーとは何なのかについて考えることをライフワークとしてきました。ライフワークと呼べるほど長く続けることができたのは、結果的に自分の性格に合致したテーマだったことが大きいと考えています。科学から歴史、宗教、哲学に至るまで、様々な分野の書籍を乱読し雑学的に知識を得る傾向があった自分にとって、それら一見関係のないようにも思える事柄を結びつけるものとして、エネルギーという切り口が思いのほか有効に機能したからです。そして四半世紀を超える長い年月をかけて少しずつ学んできたことをもとに、気候変動問題に代表されるエネルギー問題への自分なりのアプローチを示すものとして、昨年8月末に『エネルギーをめぐる旅 文明の歴史と私たちの未来』という本を出版いたしました。

 本書を貫く思想の底流には、全体を俯瞰することの重要性があります。昨今のエネルギー問題を巡る議論は部分最適に陥っているものが多く、そのことが問題の解決をより難しいものにしているのではないかと私は考えているためです。そのため本書では、エネルギー問題に正しく向き合うために知っておいていただきたいと私が考える内容を、体系的に説明することに努めました。

 具体的には、①量の追求、②知の追及、③心の探求と題し、3部に分けて、第1部:エネルギーの視点から見た人類発展の歴史、第2部:エネルギーの科学的特徴、第3部:宗教・経済・社会とエネルギーの関係について、それぞれ説明しています。その上で、第4部として将来を見通す、という構成になっています。

 第1部では、人類とエネルギーの深い関係を分かりやすく示すために、人類史においてこれまで5度のエネルギー革命があったとし、それぞれについて説明を加える手法をとりました。なお本書におけるエネルギー革命の定義は、「エネルギーの新たな獲得手段や利用手段の発明により、人類によるエネルギー消費量を飛躍的に増加させることになった事象」というものです。この定義に基づく私なりの整理では、1.火の獲得、2.農耕の開始、3.実用的な蒸気機関の発明、4.電気の利用、5.人工肥料の開発が、エネルギー革命に相当する事象ということになります。

 こうしたエネルギー革命の物語を通じて、火の獲得が私たち人類が誇る優秀な頭脳の進化に大きな影響を与えていること、現代社会の基礎を形作ることになったエネルギー革命は、産業革命以降、たかだか二百数十年の間に立て続けに起こっていること、現在の世界人口を支えるための食料生産が、大量の人工的なエネルギーの投入によって支えられていること、などを説明しています。

 第2部では、エネルギーとは何者なのか、どのような法則に従っているのかについて、ガリレオやアインシュタインを含む科学者の奮闘の歴史を辿りながら説明しています。エネルギー問題を考えるにあたっては、エネルギーの科学的特徴として、不可逆の流れのなかですべては散逸していくことを示した「熱力学の第2法則」だけは知っておいていただきたいというのが私の願いであり、そのことの重要性を述べる目的で構成しています。

 熱力学の第2法則を理解するということは、資源は有限であるという事実を知ることであり、また、私たちは大きな時間の流れのなかに生きていることを再確認することでもあります。なお本書では、タイトルにもあるように「旅」というものを様々な形で織り込む形で執筆していますが、それは熱力学の第2法則の意味するところを、より多面的に、具体性をもって浮かび上がらせたいという意図によるものです。

 第3部では、拝火教として知られるゾロアスター教の教義や、現代経済や現代社会とエネルギーの関係を見つめることで、ヒトの思考回路を読み解き、エネルギー問題を紐解くための鍵を見出すことを試みました。そこでは、各種エネルギー源の比較において、経済合理性が働くために必要となる十分かつ公正な情報を整えることの難しさや、「時間」というものに過度に絡めとられた現代社会の姿を浮き彫りにさせました。

 こうして、3部を使ってエネルギー問題に正対するために私なりに必要と考える事柄を網羅したうえで、第4部において、将来を見据え、私たちにできることを提案しています。それは即ち、エネルギー問題に対する私なりのアプローチをまとめたものになります。

 私は、21世紀は私たち人類にとって鬼門であると考えています。エネルギー問題に関してこの先ゲームチェンジャーとなり得る事象は、世界人口が頭打ちになることと、核融合技術実用化の2点であり、そのどちらもが今世紀末ごろに実現するものと考えられているためです。一方で、気候変動問題は年々深刻さを増しており、脱炭素に向けた活動は待ったなしの状況になっています。

 こうした状況下で、太陽光発電や風力発電の普及は全世界で着実に進んでいくものと考えていますが、太陽エネルギーのエネルギー密度が低いことから、これらは大規模な用地と大量の資材を必要とします。また、人工的なエネルギー源といえる原子力や化石燃料と異なり、今、足元に降り注いでいる太陽エネルギーを利用しますので、自然界との直接的な競合も起こります。一方で、原子力には安全性や高レベル放射性廃棄物の問題があり、化石燃料にはNOx、SOxや温室効果ガス排出の問題があります。つまり、環境負荷を気にすることなく人類が好き勝手に使ってよいエネルギー源など、そもそも存在しないということです。その事実を私たちひとりひとりが正しく受け止めることから、すべてが始まるのだと思います。

 私たち人類は5度のエネルギー革命を通して、人工的なエネルギー源である化石燃料や原子力を用いて自由に好きなだけエネルギーを使える世の中を作り出し、現世に楽園を作り出しました。それは、自然界のくびきから、ひたすらに自由になる方向での発展でした。今、気候変動問題が私たち人類に問うているもの。それは、こうした社会発展の在り方そのものであると、私は考えています。

 この先、再生可能エネルギーを中心としつつも自然界にも配慮した持続可能な世の中を創っていくということは、自然界のくびきを一定程度受ける社会へと回帰していくことを、私たちが受け入れるということと同義です。そうした社会では、私たちひとりひとりが自然界のおすそ分けに預かっているという気持ちをもって、今まで以上にエネルギーを大切に使っていく必要があります。

 そのことを一番に訴えたくて、私は本書を執筆しました。

『エネルギーをめぐる旅 文明の歴史と私たちの未来』(出版社:‎英治出版)
ISBN-13:978-4862763099