高レベル放射性廃棄物地層処分問題をテーマとした授業実践


静岡大学教育学部 理科教育教室

印刷用ページ

高レベル放射性廃棄物地層処分問題の受容と認識

 私がこの問題に携わることになったのは、原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ事業への応募のために、2007年「HLW(高レベル放射性廃棄物)地層処分地選定に関する日本型合意形成モデルの構築(代表;当時の静岡大学学長 興直孝)」に関わる研究計画書の作成に参加したのがきっかけであった。当時この問題についてはほとんど社会的コンセンサスを得ていなかったように思う。このWeb siteに参集される方々は全員、高レベル放射性廃棄物地層処分問題に対して多くの知見をお持ちで、それぞれに何らかの感慨もおありだと思う。では、中学生や高校生、大学生はどうだろうか。
 2015年から中学生を主な対象にCitizenshipの育成を目指して、HLW地層処分問題をテーマに合意形成プロセスを組み込んだ授業のデザインとその実践を始め、いまも継続して、HLW地層処分問題をテーマにArgument-Skillの獲得と伸長を具体的な目的とした実践を重ねている。研究開始当時、HLW問題を「知っている・聞いたことがある」生徒は、どの学校、学年でも1クラスにせいぜい1名で、大学生でも大きな違いはなかった。2017年7月に経済産業省資源エネルギー庁から科学的特性マップが提示されても、わずか1名増える程度でその影響はほとんど見られなかったが、2020年調査ではそれに変化が見られた。複数の中学校での割合が11%から22%ほどに増え、高校(3クラス111名)では25%の生徒が「聞いたことがある」と答えていた。中学校の1つでインタビューしたところ、「ニュースで見た気がする」「お父さんが話していた」ということであった。 2020年8月、9月と北海道の2町村が相次いで文献調査の受け入れを表明したことの影響であろうか。周辺地域の持ち込み拒否表明の動きはあるものの、20年のあいだ大きな進展が見られなかったこの問題にひかりがあたった瞬間とも言えよう。
 前述した中、高校生、大学生対象に、タブレットにインストールしたHLW地層処分地選定シミュレーションゲームに取り組む授業を実践した。終了後に問うた「高レベル放射性処分問題は、自分たちに関わる問題か」に対する彼らの回答の割合を図1に示した。

 回答は「1.当てはまる 2.まあまあ当てはまる 3.余り当てはまらない 4.当てはまらない」から選ばせ、1と2を合わせて「肯定」、残りを「否定」としてまとめて示した。
 生徒、学生の回答の割合だけで言えば、彼らの多くがHLW処分問題を自分事として捉えてオーナーシップを発揮していたと言える。
 一部ではあるが、

  • この問題は未来のことではないから、しっかりと自分たちも考えていけないと思った。
  • それぞれ思いがあるので自分もしっかり考えたい、そしてこのことを忘れないようにしたい。
  • 住民の合意は難しいと思った、まだ処分地は決まっていないけど、この問題は私たちにも関係があることだと思った。

のような、記述も見られた。
 前年まで同様の授業を実践してはいるがこれに関するデータはない。比較できないのが残念である。
 別の調査問題で「高レベル放射性廃棄物の処分方法として地下深部に埋設する方法を、あなたは、1.支持する~4.支持しない」の4選択肢法で聞いた。消極的支持も含め、「今のところこれがベストだ」の理由などと共にほとんどの受講者が「地層処分」を支持していた。この結果から、彼らはHLW処分問題を現代的課題として認知し、処分方法として地層埋設を受容したと言える。
 中学生ともなれば、複雑な要素を含んだ質問の場合など、質問者に対して忖度した回答をすることができるのは承知している。そのため、調査結果からだけで判断するのはかなり危険であるが、少なくとも彼らに、「HLW処分問題がいまここにある」ことは認識させることができた。

HLW地層処分地選定シミュレーションゲーム

 授業で使用したHLW処分地選定ゲーム(静岡大学 大矢・萱野)について、簡単に紹介する。
 iPadにインストールしたゲームは、スイスITCのSchool of Underground Waste Storage and Disposalで開発した放射性廃棄物処分地選定に関するゲームを基礎としたもので、1人1台で自分のペースですすめていく。

 ゲームは、仮想の島国を舞台として(図2)、廃棄物処分地の選定プログラムに立候補した4市の情報を取得しながらその適否を得点化し1市を選ぶものだ。4市の特徴は、A.安定した岩盤のもと北部にある国定公園地域を含み、冬場は港が凍結する(レド)、G.離島で人口流出が止まらず、土地は安いが港の建設が必要(ゴルド)、F.人口が最も多く、広い土地は農地に適さないため酪農主体で、自治体の一部と経済界は、最新の科学技術を駆使した未来都市建設を考えている(ワイト)、E.原子力産業に携わる住民が多く既に中間貯蔵地があり、活火山が近いが、ここに処分地を置きたいとの政府の意向もある(オランジ)、である。
 このような状況を基本として、各市の地域特性と周辺の水深や地層、土地利用状況などより詳細な情報、建設コスト評価として各市の土地購入費用、輸送費、港湾整備費を具体的数値として加えた。さらに、動画「地層処分って何だろう? 」の短縮版(5分19秒)を電気事業連合会から提供を受け装備した。
 ゲームをはじめる前に受講者には、処分地を決める際に「安全性」「環境影響」「建設コスト」「地域経済」「資源」の何をどれほど重視するかをポイント化させて、自身の判断基準を確認させた。そしてVTR視聴後、ゲームをすすめていき処分地を選定する。その後、主張と根拠に齟齬がないか論証し、主張にある(かもれない)課題について反証しつつ、住民に受け入れてもらえるよう説得するための主張を構築することをゴールとした。そしてグループ内で自分が決めた処分地を主張する場面では「発表は1人1分」と「終わったら拍手する」をルールとした。生徒は「説明する時間が短い」「説得するのは難しい」と言いつつ、真剣に議論していた。
 生徒、学生がこれからの未来社会を担い活き活きと生きていくためにも、課題解決に向けた議論の場をどのようにデザインしどのような議論の方法を選ぶかを判断し、実行し、効果的な議論を展開するためのスキルを身につけておけるよう、改めて系統的な指導の重要性を感じた。

 ゲームの内容に関しては情報の一部を紹介しただけだが、皆さんは、中学生、高校生が4市のうちどこを処分地に選定するとお思いだろうか。