「欧州メタン戦略」が天然ガス需給に与える影響
白川 裕
独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構 調査部調査役
メタン放散量削減の意義
メタン(CH4、Methane)は二酸化炭素(CO2、Carbon Dioxide)の次に地球温暖化への寄与の大きい温室効果ガス(GHG、Greenhouse Gas)である。
メタンの温暖化係数は、二酸化炭素と比較し、100年間で28倍、20年間では84倍の効果を持つ。対流圏の光化学反応で分解され、比較的寿命が短いメタンは、排出を減らせば効果がすぐに現れやすいため、メタン放出量の削減は、特に短期的に地球温暖化を緩和するためには極めて重要である。
産業革命前からの世界平均気温の1度上昇のうち、メタンガス排出量は要因の半分を占めているともいわれる。
世界のメタン放散
IEA Methane Trackerによると、2020年の世界のメタン排出量の推定値は5億7,000万トン/年(二酸化炭素相当では16.1Gt/年、2020年)であった。このうち4割が自然源からの排出であり、残る6割が人間の活動に起因する排出である。人為的メタン排出の最大の発生源は農業であり、総排出量の1/4を占め、次いで、エネルギー部門(石炭、石油、天然ガス、バイオ燃料)が2割強を占めた。
メタン排出上位3か国は、ロシア、米国、中国であり、それぞれ、1,400万トン/年、1,200万トン/年、320万トン/年を排出した。
メタン放散量の測定には、ボトムアップとトップダウンの2つのアプローチがある。ボトムアップアプローチは、現場で個々の設備のメタンリーク量を測定し、データを積み上げる方法であり、トップダウンアプローチは、陸上の観測ステーション、海上航行船舶、航空機、人工衛星などを使い、メタン放散量をマクロに測定する方法である。
メタン排出量の削減は、メタンを回収し商品として販売する手法がベースとなるため、投資回収期間が最も短いプロジェクトが優先されるが、その実際は地道な現場の設備・作業改善の積み重ねであり、多くの時間と労力を要する作業である。
欧州メタン戦略
2019年12月の「欧州グリーンディール(European Green Deal)」に続き、2020年10月、欧州委員会(EC、European Commission)から、メタン排出削減に向けた「欧州メタン戦略」が発表された。ここでは、欧州、および、国際的なエネルギー、農業、廃棄物部門からのメタン排出削減に関する法的、非法的諸施策が示され、2025年の施行が予定されている。
EUのメタン排出量は、2030年までに29%削減(2005年比)される予測であったものの、2020年12月に決定した2030年までに温室効果ガス排出量を少なくとも55%削減(1990年比)するという野心的なレベルを実現するには、メタン排出量削減を、2030年までに35-37%減(2005年比)にステップアップする必要があり、それが本戦略の発表につながった。
人為的活動に伴うメタン排出量を今後30年間で50%削減すれば、2050年までに世界の気温上昇を0.18℃削減することが可能になるという。また、EUが輸入する天然ガスの上中流で生じるメタン放散は、EU域内で生産される天然ガスの3~8倍と高く、欧州メタン戦略を国際的な枠組みに組み入れることを念頭にして、メタン放散に関する規制は以下のような内容となっている。
- 新しい測定基準OGMP2.0に基づく、より正確な測定・報告・検証(MRV、Measurement, Reporting and Verification)を導入する。
- 国際的なメタン排出量観測所を設立する。
- 衛星を利用したメタン排出量の検出と監視を強化する。
- メタン排出量のMRVを義務化する。
- メタン放散の改善を義務化する。
- 日常的なガス抜きとフレアリングを廃止する。
- 日本、中国、韓国に働きかけ、受入国連合を作る。
- EUに輸入される天然ガス・LNGに対するターゲット(OGMP2.0:2025年、メタン放散0.2%)を設定する。
欧州メタン戦略の具体的なMRVや削減目標の設定にはOGMP(Oil and Gas Methane Partnership)やOGCI(石油・ガス気候イニシアチブ、Oil and Gas Climate Initiative)など、欧州で進んでいるメタン放散削減イニシアチブが深くかかわっている。
OGMPは2014年に設立された。これは、UNEP(国連環境計画、United Nations Environment Programme)、EC(欧州委員会、European Commission)などが主導する、石油、および、ガス部門のメタン排出量削減を支援するイニシアチブである。世界の石油、および、ガス資産の30%を持つ欧州系企業67社が参加している。なお、米国シェールガス関連企業、LNG液化プロジェクトデベロッパーは含まれていない。
同じく2014年、パリ協定の実現を支援するためにOGCIが設立された。メンバーは、世界最大級のエネルギー企業(BP、Chevron、CNPC、Eni、Equinor、ExxonMobil、Occidental、Pemex、Petrobras、Repsol、Saudi Aramco、Shell、Total)12社から成る。メンバー企業の石油とガスの生産量は世界全体の3割を占める。
欧州メタン戦略に対する懸念
温室効果ガス削減は、もはや世界の必達の目標となったが、今後、メタン放散量0.2%を超えるLNGのEUへの輸入禁止等が現実化した場合、多くの関係国、企業が大きな影響を受ける。
例えば、欧州メタン戦略の影響で、メタン放散の多いシェールガスを原料とする米国LNGのFID(Final Investment Decision、最終投資意思決定)が遅れてしまう懸念がある。北米では、これまで長年にわたって天然ガスが利用されてきており、現在では、51km(地球13周分)にもおよぶ幹線パイプライン網とそれに付随するコンプレッサーステーション、400以上の地下ガス貯蔵設備と、地域供給導管網が広大な国土に設置されている。その北米の天然ガス関連施設でのメタン放散を改善するには、気の遠くなるような時間と労力が必要であり、メタン放散を一朝一夕で削減することは困難を極める。
また、東南アジア、南アジアでは、今後、老朽化した石炭火力発電所のガス転換等のために旺盛なLNG需要の発生が予測されているが、米国産LNGの開発・生産が抑制された場合、これらの地域の温室効果ガス対策にも悪影響を及ぼす可能性がある。
さらに、昨今ロシアからのパイラインガス供給減少を主要因として欧州ガス価格の高騰が続いている。これに加えて米国産シェールLNGの受け入れが限定される場合、欧州天然ガス価格がさらに高騰し、欧州のエネルギーセキュリティー上、大きな問題となる可能性がある。
このほか、メタン放散量の多い米国産シェールLNGの座礁資産化や、既存LNG液化プラントのメタン放散対策投資(特に古く効率の悪いLNG液化プラントやFLNG(浮体式LNG設備)の稼動を継続できるか)に非常に大きな影響を与える可能性がある。
新たなメタン削減の動き
GMP
11月2日、COP26において、メタン排出量の削減を目的とした国際的な誓約Global Methane Pledgeが発表された。欧州委員会は、声明の中で、署名した100カ国以上は世界経済の70%を占め、人間活動から排出されるメタンのほぼ半分を占めていると述べた。
今回の動きは、米・EUが主導し、CO2削減に加えて、温暖化効果の大きいメタン削減に力を入れる国際協調行動を打ち出したものである。日本も加わったが、中国、ロシア、インド、オーストラリアなど、石炭採掘による顕著なメタン排出国は参加していない。
COP26米中共同声明
11月10日、米中両政府は、メタン排出量の削減、石炭消費の段階的引き下げ、森林保護など気候変動対策での協力策を盛り込んだ共同宣言に合意した。
共同宣言は、中国が第15次5か年計画期間中(2026-30年)に石炭消費量の段階的削減を開始し、メタンの排出量を削減すると明記し、グリーンテクノロジーやグリーンデザイン、規制枠組みや環境基準の策定、脱炭素化と最終用途部門の電化、再生可能エネルギー、炭素回収などの技術分野での協力、低コストで断続的な再生可能エネルギーの統合、広域送電、統合的なクリーンパワーソリューション、電力廃棄物の削減についても言及している。
今後、作業部会を設置し、来年上期に会合を開き、メタン放散量の測定と緩和戦略について議論する予定で化石燃料、廃棄物、農業の分野が主な焦点となる見込みとなっている。