技術立国日本の温暖化対策(その1)

~石炭利用起点の「エネルギー転換技術」の開発動向~


一般社団法人地球温暖化防止全国ネット理事/元大崎クールジェン株式会社代表取締役社長

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はじめに

 藤木と相曽は、J-POWER電源開発に1979年入社した同期生である。同年発生した第二次オイルショック等を経験する中で、電源の多様化による電力の安定供給と大気汚染防止をはじめとする環境保全業務に従事し、これまで「エネルギーと環境の共生」をテーマに取り組んできた。それぞれ定年退職等の転機を迎え、現在は異なる組織に所属しているが、気候変動・温暖化問題に関して情報交換し、脱炭素を指向する社会の流れについて話し合ってきた。
 本投稿は、そうした話し合いの中から重要な観点を整理し、脱炭素に貢献する新しい技術動向を紹介する意図で取りまとめて報告するものである。二人が現在所属する組織の取組みに沿うところもそうでないところも含まれているので、本稿が表記所属組織のスタンスや活動と直接かかわるものではないことをあらかじめお断りしておく。

1. 世界のエネルギー/環境に関する昨今の動き

 コロナ感染症拡大に多くのページと時間を割いてきたマスメディアが、コロナ後の経済回復によるエネルギー需給の逼迫や価格高騰を伝えると共に、11月に開催されたCOP26グラスゴー会議の成果について報じている。
 コロナ禍を受けて世界的に経済活動が停滞しエネルギー需要も減少していたが、感染の落ち着きと経済回復を受けてエネルギー需給がひっ迫していること、産油国の増産に向けた動きが鈍いこともあって、しばらくの間この傾向は続くのではないかとの観測も報じられる。また、昨冬に続き、欧州とアジアを中心に世界同時エネルギー危機の予兆を思わせる事象も報じられている。

 「欧州とアジアのエネルギー危機の再燃、天然ガス価格は米国の5倍」、
 「中国は電力不足で計画停電」、
 「風力発電が2割を占める再エネ先進国スペインで風が弱まり風力発電量2割減、カバーする天然ガス価格前年比約6倍」、
 「脱炭素目標達成するには2030年まで再エネ投資額4倍にする必要。化石燃料減少が速過ぎても供給不足招く。移行期の需給コントロールが課題として急浮上」 他。

 一方、この秋開催されたCOP26については、脱炭素化の理念がより広く共有され、初めて公式文書に1.5℃目標が明記されたことが成果として強調されている。また、今後の経済発展を期すインドなど途上国の主張を入れ、成果文書の取りまとめの最終段階で石炭火力発電や化石燃料への補助金の段階的廃止を打ち出していた原案が廃止から削減に修正されたこと、2030年目標を再度見直すことに関しては「必要に応じて」の文言が入ったことについては、残念だったとする論調が多いようだ。

 人為的な温室効果ガスの排出が温暖化の主因であることに異論はないが、発展段階に差異があり、地域や国によって大きくエネルギー事情が異なる現実に鑑みれば、先進国が脱炭素・脱石炭を強調すればするほど、今後の発展を期す途上国とのギャップが顕在化するのは必然であろう。温暖化抑止の必要性を共有しつつも、現実の国際社会が抱えるまだら模様を踏まえて包摂的・統合的に取り組むこと、それらを含めた先進各国の戦略の明確化が求められていると考えている。
 今回のCOP26の成果に関して付言すれば、温暖化はグローバルな課題であるゆえに、先進国の途上国に対する資金支援、ビジネスを通じた排出削減の連携支援が必要であり、今回途上国の適応策(異常気象等への対応)を目的とする資金支援を2025年までに2019年比で倍増を目指すこと、パリ協定第6条のルール整備が図られビジネスを通じた支援の道筋が開けたことなどは重要であると受け止めている。残念ながらマスメディアがこれらを取り上げることは少ないが、日本をはじめとする先進国が具体的な戦略を検討する上で、必要な今後の目標と条件整備が進んだことは重要な成果であろう。

2. 技術立国日本の温暖化戦略を考えるために

 言うまでもないが、高度に機械化情報化された現代社会において、電力とエネルギーは人々の命と生活を守るライフラインに必須のもので、産業と企業もまた電力とエネルギーの安定供給あって初めて活動を維持できる。
 我が国は、1970年代に2度にわたって経験した石油ショックを契機に、エネルギー供給安定のために石油への過度の依存を見直しエネルギー源の多様化を図ってきた。電力業界では、原子力発電、LNG火力発電、輸入炭火力発電の開発・普及がなされ、当時の高度成長期の日本経済を支える一端を担った。その石炭利用においては、大気汚染防止のために硫黄酸化物、窒素酸化物、煤塵対策が必要であり、排煙脱硫装置、排煙脱硝装置などを実用化すると共に、省資源とCO2排出抑制を目的に超々臨界圧(USC)技術を開発して高効率化を実現し、日本は世界の石炭火力技術のトップランナーであり続けた。
 地球温暖化対策が喫緊の課題となる中で、周知のようにCO2排出原単位が高い石炭火力への批判が高まり、石炭=座礁資産といった認識が広がっている。しかし同時に、ゼロエミッションに向けて、これまで開発してきた石炭利用起点の「エネルギー転換技術」の開発・実証もまた進展してきている。本稿ではその技術開発動向を紹介することを狙いとしているが、こうした新たな技術を社会実装するために冷静に考慮すべき社会認識について、その要点をお伝えすることから記述する。

2-1 日本独自の地政学的ポジッション

 先進国であり同じ島国である英国と日本を比較すると、英国は北海油田・ガス田や風況に恵まれており、周辺諸国と連携しながらCCS(CO2の分離回収貯留技術)と洋上風力の開発を積極的に進めている。また、民主主義・自由主義の政治社会体制を同じくする大陸のEU諸国と電力系統が連系されてもいる。日本は化石燃料資源に恵まれずエネルギー資源のほとんどを輸入に依存しており、大陸の諸国は政治社会体制の異なる中国、ロシア、北朝鮮といった国々であり、電力系統はもちろん天然ガスパイプラインなどの連携もない。
 EU諸国では、国ごとの電源構成の相違によって生じる電力需給の安定と低炭素化・脱炭素化の課題を、欧州全体に張り巡らせた電力ネットワークによって補うことが可能であり、北欧の豊かな水力・風力資源、フィンランドの地熱資源、スウェーデンやフランスの原子力発電等を上手く利用し、各国が脱炭素戦略を構築している。
 このような彼我の違いを冷静に考慮する時、EU諸国の戦略をそのままお手本として、日本もまた石炭火力を廃止すべしとの論調をそのまま受け入れることは適切と思われない。日本の温暖化対策の選択肢を狭め、日本らしい技術貢献を自ら放棄するに等しいものであって、日本の温暖化対策をミスリードする懸念が強い。

2-2 電力の特性

 電力は、他の一般的な商品や財と相違し、貯めておくことができない。また高速(光と同じスピード)で移動するので、需要と供給のバランス(同時同量の確保)を調整する系統運用が欠かせない。即ち、電力を安定的に供給しながら、経済と環境の好循環を実現していく道程においては、この電力の「財としての質」を見極めて具体化することが不可欠である。
 再生可能エネルギーの導入・主力電源化は必要な政策と考えるが、これらの電源は気象条件により出力変化を頻発し出力遮断も起きるので、その影響を調整するために火力発電・揚水発電の需給調整機能は、安定供給(系統運用)のために不可欠である。原子力発電は出力を柔軟に変化させる需給調整運転には不向きである。また、この調整機能に役立つバッテリー等の技術開発が期待されるが、大容量蓄電技術は開発途次にあり、電池については寿命が短い(充放電回数10000回程度で劣化)、電池に使われる希少金属類の確保などの課題も指摘されている。
 そうした背景から火力発電(LNG火力、石炭火力)の需給調整機能は、脱炭素移行過程において、再生可能エネルギーの導入・主力電源化が進展していくためにも不可欠であり、相応の規模の火力電源を保持する必要がある。

3. 「エネルギー転換技術」の開発・実証の動向

 脱炭素化に向けて電源構成を、例えば、再エネ電源を一気に増やしイノベイティブに突然変異するが如く変え、同時に安定供給を支える系統安定策を講じるには、膨大な投資が必要であり短期間に実現することは困難である。また、この莫大な投資を極力合理化して抑制しながら取組むことは、経済と環境の好循環を図る意味でも、国民負担を軽減する意味でも肝要であり、既存の設備・技術を上手く活用しながら脱炭素化移行することが重要である。例えば、電力であれば既存送配電網や既存発電設備を最大限活用、ガスであれば配管網から消費機器に至るまでを既存のものを最大限活用しながら、脱炭素化移行することが考えられる。
 以上の方向性の下で、これまで石炭を利用して開発実証されてきている発電技術は、脱炭素化の移行過程ではエネルギー転換に活用可能な一つの技術オプションとなり得る。以降、その技術の概要と動向について紹介する。

3-1 既存設備を活用する燃料転換技術の開発動向

 その典型的な転換技術の一つが、既存石炭ボイラを活用して、石炭をカーボンフリー燃料に切り替え脱炭素化を計る『燃料転換技術』である。

  • バイオマス転換 : 既存石炭ボイラをバイオマス混焼から専焼化へ繋げる技術と、燃料安定供給に向けたバイオマス燃料種の多様化技術
  • カーボンフリーアンモニア(NH3)転換 : カーボンフリー水素から製造したNH3を、直接既存石炭ボイラで混焼し、将来、専焼化へ繋げる技術

 これら転換技術の開発ポイントは、主にボイラの燃焼器/燃料供給・輸送貯蔵を中心とした部分的な設備改造技術とカーボンフリー燃料を製造する燃料化技術にある。

 そして、もう一つの転換技術が、石炭をガス化し高効率複合発電する石炭ガス化技術であり、このガス化技術と相性の良いCCUS技術を更に組合わせることによって、石炭を起点にしながらも、効率的に脱炭素化してカーボンフリー水素発電やカーボンフリー水素供給を実現する『システム転換技術』である。
 以下、それぞれの技術の開発動向を紹介する。

3-1-1 バイオマス燃料転換技術

 石炭焚きボイラは、石炭のみならず様々な固体燃料を利用できる特長がある。その中で、木質バイオマスを活用した専焼発電が、数万kw級の小規模設備で既に数多く導入されてきている。更に、循環流動床型ボイラを活用することで11万kw級までのバイオマス専焼発電設備も設置されてきている。
 一方、大容量微粉炭焚き火力発電(PCF)では、既存のボイラ仕様のままで数%程度のバイオマス混焼が行なわれてきている。その上で、小規模バイオマス専焼ボイラに比べて高効率な電気事業用大容量機では、バイオマス燃料比率を上げて低炭素化から脱炭素化に資する開発・取組みが行われている。既に、国内の大容量機では、J-POWER竹原火力新1号機(60万kw)や北陸電力七尾太田火力2号機(70万kw)他が、バイオマス混焼率を10%以上に高める計画を進めている。
 木質バイオマス燃料は、石炭に比べて繊維質の影響で粉砕性が劣る。そこで、バイオマス混焼比率を高める為には、微粉炭機(ミル)で石炭並みの粉砕量にする改造(胴内流速増加)を行う必要がある。更に、燃料供給系以外では、ボイラ本体ほかへの長期運転の影響(詰まり、腐食等)の分析・評価により運用改善を進めながら徐々にバイオマス混焼率を上げていく取組みが求められる。既に、国内では11万KW級PCFで30%混焼を達成している。海外では、英国の大手発電会社Drax社が66万kw石炭火力発電所を改造し、バイオマス専焼に転換する事業を始めている。
 大容量微粉炭火力発電においてバイオマス混焼率を上げる動きは今後とも継続していくと考えられるが、その需要増加に対しバイオマス燃料の量を確保することも欠かせない。その技術的方策の一つが、バイオマス燃料種の多様化である。既に活用されている木質系バイオマスや下水汚泥/一般廃棄物系炭化燃料に加えて、早生樹/非食草本系(ソルガムほか)や農業残渣系(パーム廃棄物、パガス他)のペレット化燃料の開発・検証も始まり実用に供されている。
 今後、国内や海外の多様なバイオマス材の燃料化開発が行われ、資源循環を計りながらバイオマス燃料が需要に応え安定的に供給されることが期待される。

3-1-2 カーボンフリーアンモニア燃料転換技術

 アンモニアは、燃焼速度と発熱量が石炭と同等で微粉炭火力ボイラと相性が良いことから、カーボンフリー燃料として注目されている。既に、ボイラで直接混焼する技術開発・検証が進展してきている。国内の重工メーカー(IHIやMHI)やバーナーメーカー(中外炉工業)ではパイロット試験を実施し、アンモニア混焼率を高める見通しが得られつつある。また、JERAの既設碧南火力発電所では、実機を使って2024年よりアンモニア20%混焼の実証試験が行われる予定である。経産省による「グリーンイノベーション基金事業」の技術開発・社会実装計画では、これまでのパイロット試験結果からアンモニア混焼率50%以上の目標が示されており、将来のアンモニア専焼を視野に入れて開発が進められている。
 微粉炭火力でアンモニアを混焼するには、既設ボイラにアンモニア混焼バーナーか、アンモニア専焼バーナーを設置する改造と、その前流にアンモニア輸送・貯蔵設備の設置が必要となる。実証試験では、火炎温度の低いアンモニアの燃焼性確保とNOx低減が課題解決の主なポイントで、ボイラ本体への影響や長期運用検証も併せて行い、商用化への進展が期待されている。


出典:総合資源エネルギー調査会 資源・燃料分科会資料 [拡大表示]

 一方、アンモニア混焼発電を商用化する上では、海外にてカーボンフリーアンモニアを低コストで大量に生産し安定供給できる体制、生産~輸送~貯蔵に至るバリューチェーンの構築が必要となる。更に、アンモニアは、脱炭素化に向け多様な用途が見込まれるカーボンフリー水素のキャリアとしても有力視されており、先ずは微粉炭火力混焼で量的需要を喚起し量産効果で生産コストを低減することで、水素社会実現への波及効果も期待できる。既に、アンモニアバリューチェーン構築に向け、幾つかのプロジェクト計画が具体的に公表されている。

 以上、3-1-1項と3-1-2項で既設石炭火力を活用したカーボンフリー燃料転換技術を紹介したが、欧米の情勢と相違する我が国の強みは、MHIとIHIに代表される重工メーカーが現存し、このエネルギー転換技術の開発力と商用化するすべを持っていることにある。
 今後、脱炭素化に向けて、国のサポートを受けながら、メーカー、ユーザーやバリューチェーンに係わる各企業がAll Japanで技術を開発し社会実装していくことが期待される。

3-2 システム転換技術 ~ガス化システム~

 石炭をガスに転換し化学品の製造や発電利用(IGCCと呼ぶ)する技術には、欧米や中国の多くの企業が開発・参入してきた。しかし、これらの国々ではこれまでのところ高効率発電やCO2分離回収との組合せシステムの構築において充分な成果を上げるに至っていない。我が国では、1980年代から独自のガス化炉構造を持つ空気吹きIGCCと酸素吹きIGCCの開発が開始され、発電効率向上(低炭素化)や脱炭素化実現を目指し、大規模な実証試験、商用化が進められるに至っている。
 空気吹きIGCCは発電効率を上げることを主眼に開発され、既に大型実証を終えて福島県勿来や広野で商用規模の54万kw級発電設備が運転を開始している。一方、酸素吹きIGCCは広島県大崎上島で低炭素化から脱炭素化への進展を目指し、大型実証試験(大崎クールジェン(OCG)プロジェクト)が行われている。既に第1段階のIGCC実証試験(17万kw級)での高効率発電試験や調整力試験を終え、現在は、脱炭素化を目指した第2段階のCO2分離回収設備との組合せ試験を実施中である。更に、国が実施するカーボンリサイクル実証試験用設備との連系や第3段階のIGFC実証試験に向けて燃料電池追設工事の準備をしている所である。


大崎クールジェンプロジェクト/システム概要構成 [拡大表示]

 これまでの成果と今後の計画を整理すると、
 第1段階IGCC実証試験では、発電端効率で51.9%(LHV、商用機の57%相当)とこのクラスでは世界最高レベルの効率と、負荷変化率16%/分(従来のPCFでは最大3%/分)とこれまで類を見ない成果を出してきている。これは、脱炭素化へのトランジッション段階で、天候に依存し出力変化する風力や太陽光発電供給が増えることによる電力系統の安定運用、需給調整に大きく貢献し得るものである。


NEDO助成を受けて進む大崎クールジェンプロジェクト
写真提供:大崎クールジェン株式会社

 第2段階実証試験では、CO2分離回収に高圧条件での処理効率に優れた物理吸収方式を適用し、CO2分離回収型IGCCのシステム検証を行っている。ガスタービン燃焼前で生成ガス中のCOに蒸気を付加するシフト反応でCO2と水素を生成し、高濃度高圧下でより低コストで高効率なCO2分離回収が可能となる。また今後、処理過程で発生する水素リッチガスをガスタービンに返送し、更に燃料電池に送り、将来の水素ガスタービン発電(水素燃焼対応のマルチクラスター燃焼器)やIGFC(燃料電池との組合せ)を実現する為の基盤技術の検証も行われる。
 本ガス化技術はカーボンフリー水素製造にも適用でき、長距離輸送に適さないため膨大な賦存量がありながらもその一部を山元で発電利用するにとどまっている豪州の褐炭資源を使って、豪州でガス化して水素を製造すると共に分離回収したCO2を現地で貯留し、製造した水素を専用船で日本に輸送し国内の液化水素受入基地に受け入れるという、ブルー水素製造輸送供給のバリューチェーン全体を検証する実証試験(日豪水素サプライチェーン実証プロジェクト)が進められている。


出典:次世代⽕⼒発電に係る技術ロードマップ技術参考資料集 [拡大表示]

 尚、CO2回収技術は、国で策定された上記ロードマップにも示される通り、膜分離法ほか研究開発が前進してきており、更なるCO2処理の低コスト化にも期待が持てる。
 石炭をガス転換し利用する技術に加えて、今後、関連するCCUSやカーボンリサイクル技術の開発実証の進展が、脱炭素化に向けたガス化システムの展開を後押ししていくものと考える。

 これまで、石炭利用起点のエネルギー転換技術の開発・実証動向について述べてきた。
 次回は、これら転換技術の実証から社会実装への動きとして、J-POWER火力事業での取り組み事例について、ご紹介したい。