最低賃金1500円よりもはるかに重要なエネルギー政策
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
自宅に総選挙に関する世論調査の電話がかかってきた。最初は在宅で仕事をしていた子供が出たが、仕事中に、そんな時間がある訳もなく電話を切ったようだ。翌日、またかかってきた。今度は電話に出た子供が、休日で在宅だった私に電話を回してきたので、私が答えることになった。重視する政策はとの問いがあり、当然エネルギー環境政策を選択した。
NHKの世論調査では回答者の5割が60歳以上と明らかにされているが、無理もない。仕事をしている若い人が、世論調査の電話に関わるヒマはないだろう。原子力発電の賛否のように年代による意見の差が大きい問題では、反対が多い高齢者の意見が強くなり世論調査結果は「反対が多い」となるだろう。
総選挙では。給与の問題に注目が集まっている。マスコミも、給与が上がっていない実態を伝えるようになった。もう30年間近く続いている年収が低迷している状況を取り上げ、選挙に際し各党がどのような政策を出しているか伝えている。中には最低賃金を1500円に引き上げると謳う政党もある。政策担当者は経済学の教科書を読んだことがないのだろうか。最低賃金の大きな引き上げは、よほどの経済成長がない限り失業率の増加につながる。企業は総人件費が大きく膨らむことを避けるため雇用を減らすしかないからだ。
もっと少額の賃上げであれば可能かもしれない。ニューヨーク市立大学大学院のポール・クルーグマン教授が、ニューヨークタイムズ紙のコラムに、数年前米国の最低賃金引き上げの話を書いていた。クルーグマン経済学の教科書にも最低賃金引き上げは失業増に結びつくと自分でも書いたが、少しの賃上げであれば問題ないと最近は思うようになったとあった。しかし、50%の引き上げには、クルーグマン教授も驚くだろう。大規模失業を生むことになる。
いま、給与を引き上げるために行うべきことは何だろうか。最も大切なことは、生産性が高い産業の雇用を増やすことと、生産性が低い産業の生産性を上げることだろう。昨年の雇用者数が多い産業別の平均年収は図の通りだ。パートさんなどを除く、一般社員の年収だ。これを見ると、雇用を増やすべき産業は、平均よりも年収が高い産業。生産性を延ばす必要があるのは、宿泊・飲食、運輸・郵便、医療・福祉だが、労働集約型という特徴のある産業ばかりだ。
自動化も難しい労働集約型産業で生産性を伸ばすには、単価をあげるか、コストを下げるしかない。収入が伸びない国日本で、外食、宿泊、宅配など競争が厳しい産業が、単価を大きく上げるのは難しいだろう。コスト引き下げも可能な限り行っているはずだ。どうすれば、給与を上げることが可能だろうか。
一つ方法がある。電気料金だ。製造業では従業員1人当たりの電気料金の負担は、年間約70万円だ。スーパーマーケットなどでも同じ程度だろう。電気料金が1割下がれば、従業員1人当たり10万円近い資金が出てくる。でも、そう簡単に電気料金は下がるのだろうか。火力発電が主体の日本では燃料費が下がらない限り引き下げは困難だが、原子力発電所の再稼働を進めれば下がるだろう。
いま、天然ガス価格の高騰に直面している欧州でも原子力活用を訴える声が出ている。フランス、フィンランド、ポーランドなど欧州連合(EU)加盟10カ国のエネルギー、環境大臣が温暖化対策、安定供給、電気料金の安定化に原子力を活用すべきと意見広告を出した。脱炭素を供給が不安定な再エネ電源だけで進める事は無理なのだ。
経済の低迷から脱却するのは、簡単ではない。少しでも給与の上昇につながることを実行することが重要だろう。逃げ切った世代と呼ばれる高齢者の意見に引っ張られることなく、これからの日本経済と今の働き手に何が必要かよく考えることだ。産業振興の一つの策は、ゲームチェンジになると言われる小型モジュール炉(SMR)だ。日米企業が共同で手掛けることができれば、日本からの輸出も可能になる。また、SMRが国内で導入されれば、いま化石燃料代金として海外に支払われている年間20兆円に相当する国内市場が最終的に生まれることになる。
再エネでは、設備導入のための投資の大部分は中国を中心とした海外に流出するが、SMRを国内で製造すれば、資金は国内企業に支払われる。どうすれば、経済成長を実現し、給与を引き上げることが可能か考え、できることから始めなければ、失われた令和の時代にもなりかねない。