廃棄物・リサイクル分野のインフラ輸出
塚原 沙智子
慶應義塾大学 環境情報学部 准教授
1.国のインフラ輸出戦略
環境省は、国内での市場縮小と開発途上国における廃棄物量の増加を背景に、2011年度頃から廃棄物・リサイクル分野における静脈ビジネスの育成と海外展開の支援を行ってきた。首相官邸においても、2013年に「経協インフラ戦略会議」を立上げ、インフラシステムの海外展開を支援するための「インフラシステム輸出戦略」注1)を策定。同戦略の平成29年度改訂版では、従来からの気候変動の緩和分野に加えて、廃棄物分野が新たなインフラ分野として位置付けられた。同分野は高い技術・ノウハウを有する有望なインフラ市場であるとして、SDGs達成への貢献や二国間クレジット制度(JCM)を通じたクレジット獲得にも期待が寄せられている。
環境省は、個々のプロジェクト形成の支援に加え、資金支援、現地行政機関における法律・計画の策定や人材育成・能力開発の支援に至るまでをパッケージとして取り組むことを基本方針に、事業者による実現可能性調査(フィージビリティスタディ:FS) 支援に資金を投入するとともに、二国間協議の場などにおけるトップセールスを展開してきた。
2.FS実施案件の概況
環境省は、2011年から毎年10~20件程度のFSを採択しており、2011~2019年度までの9年間での採択件数は85件(複数年にわたって採択されたものは1件と数える)である。FSを実施した民間事業者に対しては、FS終了後もフォローアップ調査が実施されている。過去のフォローアップ調査注2)によると、事業者にとってのFS事業参画の最大のメリットは、日本政府が関与する事業であることで現地政府へアプローチしやすくなったことであり、また、現地行政関係者を訪日研修に招聘できたことが技術やリサイクル製品に対する理解促進につながったという声も多い。
一方、直近のフォローアップ調査注3)では、2021年2月の時点でビジネスとして事業化されるに至っている案件は7件(都市ごみ2件、産廃5件)注4)であり、事業化を目指して検討を継続している案件は37件、全体の約半分に当たる残りの41件は案件形成を断念するに至っていることが示されている。
一般に開発途上国における廃棄物・リサイクル事業への進出には、相手国での関連制度の未整備、制度変更、商慣習、競合国の動向等さまざまなリスクが存在しており、一筋縄ではいかない場合が多い。民間事業者は、環境省のバックアップを得つつ、現地調査や関係者との交渉に多大な労力を割いているが、全体として厳しい事業環境にあることが窺える。
本稿では、これまで約10年間に環境省が実施した廃棄物・リサイクル分野におけるFS事業の進捗の概況など整理し、事業者に対する有効な支援方策について考察する。
現在、事業化を目指して進行中の37案件について、対象国及び技術を図表1及び図表2に示す。対象地域は東南アジアが主であり、技術は都市ごみと産業廃棄物がほぼ半々であり、都市ごみについてはその多くが廃棄物焼却発電である。
3.日本の強みと課題
環境省は、約10年前に海外展開事業を開始するに当たり、ビジネス運営のノウハウや技術があることから、市場さえ創出できれば、わが国の静脈ビジネスはいつでも海外展開しうるポテンシャルを有している注5)と評価している。
廃棄物・リサイクル分野におけるビジネス運営のノウハウや技術とはどのようなものか。都市ごみに関しては、日本では急激な都市化を背景に、衛生環境の確保や最終処分量の削減の必要性から、環境性能の高い焼却中心の処理体制が築かれた。歴史的に地方自治体がその処理事業を担っており、処理装置等の製造・販売が主な民間事業分野として成長してきた。また、産廃処理や資源リサイクルに関しては、民間事業者を中心に、多様な処理対象に対して高い処理技術を有している。
一方で、市場創出に関しては、環境省は次のような分析注6)も行っている。
都市ごみ
開発途上国政府には、廃棄物管理に関する十分な資金や技術が不足している場合が多く、これらの問題への対処として、事業権譲渡型を含むPPP(官民連携)等の民活スキーム導入が進みつつあり、民間事業者の参入機会が増えると想定される。支援の方向性としては、行政間協力を通じた民活スキームの提案などが考えられる。
産業廃棄物
アジア地域における産廃処理事業の市場規模は都市ごみに匹敵し、工業化が進展した中所得国等では、先進国から進出した動脈産業を支える産業として産廃適正処理ニーズが高まっていくものと考えられる。しかし、開発途上国における産廃処理・リサイクル事業はインフォーマルセクターによる取組が多い。これらの事業者は環境コストを省いた不適正処理を行うことによりコスト競争力を有することとなり、フォーマルな事業者に処理対象物が集まらないリスクがある。支援の方向性としては、動脈産業との連携やリサイクルの品質基準化支援が考えられる。
4.市場創出の難しさ
前述のとおり、FSから事業化に至った案件数は多くない。環境省の調査では、FS後に事業計画を断念したケースの殆どで、FS前の見込みと実際の事業環境が一致しなかったことを挙げている。具体的には次のような要素が挙げられているが、これらについては、事業化の後も変化が起こり得るものであるため、海外展開事業の潜在的な課題と言える。
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- 適正な処理費、リサイクル材等の販売価格の確保
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- 安定的な廃棄物量の確保
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- (リサイクル材や発電電力などの)安定的な販路の確保
高い技術を提供するためには、技術を支える現地の行政機関の負担能力が不可欠である。アジア諸国においては、実際にリサイクルや適正処理に前向きで、法制度整備など行政面の進捗が見られたり、民活スキームの導入が進む一方で、ゴミ処理費を「誰が」、「トン当たりいくら」で負担するのかの議論が進捗しなかったり、廃棄物発電であれば、固定価格買取制度(FIT)の買取単価が採算性を確保できる水準に達しなかったりする場合があり、こうした理由で事業断念に至るというケースも多々ある。
廃棄物量の確保については、例えば産廃では、現地に進出する日系企業(製造業など)からの適正処理やリサイクルのニーズは見込めるものの、ビジネスとして成立させるには現地企業を含めた幅広い顧客の開拓が必要となる。需要者側に適正処理、基準遵守意識の土台がなく、コスト重視で環境が二の次となった結果、インフォーマルセクターが処理の受け皿となり、結果として日本企業が価格競争力を出せず、廃棄物が集まらないため事業を断念せざるを得なくなるケースもある。さらに、法令や商習慣が異なる中で、資金調達や原料調達・販路開拓のために現地パートナーの存在が重要となるが、パートナー企業の方針転換によって事業が行き詰まるといった例もあるため、パートナー選びは慎重に行う必要がある。
佐々木注7)は、途上国での環境ビジネスにおけるマッチングは一般のビジネスマッチングと異なり、①料金を負担するサービス需要者の技術ニーズ、②料金を徴収するサービス供給者の技術ニーズ、そして、③提供側の環境技術シーズの3つの領域が重なった領域に位置する技術を導出するための入念な市場調査が求められると分析している。これに照らせば、現状は、①と②の開拓が十分でなく、条件を満たす案件が限られる状況と考えられる。したがって、政府間の対話から把握された相手国ニーズや課題をタイムリーに民間に共有することが重要となる。途上国における市場動向は変化が激しいため、時機を捉えて短期決戦で事業化を目指すことが肝要である。
また、中期的な対応としては、①と②の領域を広げるための政府間の働きかけも重要であり、環境省においても二国間政策対話などのトップセールスにも力を入れてきた。例えば、図表1に登場するFS対象国について図表3にまとめてみると、ハイレベルの二国間政策対話を始め、相手国の関係省庁との間での協力覚書の締結、「ジャパン環境ウィーク」の開催を通じた我が国技術の紹介など、近年働きかけを強化している。
加えて、環境省職員を現地の日本大使館員やJICA専門家として派遣しており、現地での支援体制も整いつつある。タイ、インドネシア及びベトナムでは、関係機関と継続的な関係強化が行われてきており、近年、ミャンマーへの派遣も行われた。2021年10月現在、図表3の国々については、タイ、ベトナム及びインドネシアの在外公館、ミャンマーにはJICA職員として環境省職員が派遣されている。
5.案件形成までは、ケースバイケースのフォローアップが求められる
開発途上国における廃棄物・リサイクル分野での案件形成に向けては、現地情報の収集と分析による市場調査が特に重要であり、刻々と変化する現地の市場動向を踏まえて案件形成の見込みの高いFS事業を採択することをまず考えるべきである。
海外で事業化まで至った案件に共通するのは、現地パートナー企業との良好な関係を維持していることである。中には、経営者同士が現地の廃棄物問題を解決したいという問題意識を共有したことが事業構想のきっかけだった、というケースもある。ライセンス取得の関係上、現地法人の設立が必須であるという事情もあるが、現地パートナーを通じて現地の市場動向をリアルタイムで把握できるというメリットはとても大きい。また、都市ごみに関しては、相手国自治体と姉妹都市等の連携関係がある国内の自治体が積極的に参画し、自治体間の働きかけが奏功したという事例もある。
このように、海外事業が不確実性の高い事業であるがゆえに、人と人とのつながりや信頼関係は事業基盤としても欠かせないものであり、実際、現地関係者との連携関係が既に構築できている案件の実現可能性は高い。しかし、採算性の改善や維持が見込めなければ、現地パートナーにとっての日本企業と組むメリットを維持することが難しくなる恐れもあるため、事業環境の改善に向けた支援はあらゆる案件に対して必要である。
案件形成を目指している事業は、1件1件がそれぞれ異なる事業環境で勝負しており、取り巻く関係者も課題の内容も多岐に及ぶ。パートナー企業を含め、事業者が自らの働きかけが及ばない課題に直面して身動きが取れなくなってしまう場合もある。各案件を1つ先のステップに進めるためには、ハイレベル交渉等と併せて、直接相手国の関係者へ働きかけを行うような現地ベースの細やかな支援や助言が必要である。こうした取り組みには、現地に派遣されている在外公館の職員やJICA専門家との連携が欠かせない。
また、民間事業者と環境省の間で、事業者に近い立場で案件形成のためのコンサルティングができる人材や組織も必要であろう。海外の業界団体や自治体関係者へネットワークを広げ、市場動向の分析・把握、国内事業者の有する技術・ノウハウに照らした情報提供、現地パートナー企業とのマッチング、案件形成過程で事業者が抱える個別課題への対処方針の検討などを行い、海外ビジネスの課題対処に係るノウハウを蓄積していくための基盤が必要と考えられる。分野は異なるが、上水道分野においては、厚生労働省の「新水道ビジョン」注8)の中で官民連携による案件発掘の推進が掲げられており、厚生労働省の委託先によって、セミナー、現地調査、案件発掘調査等がこれまでに数十回実施されており、具体の案件形成につながった事例もある。関連情報を定期的にアップデートしたり、関係者との繋がりを維持していくことは重要であり、こうした地道な取り組みを積み重ねていくことの効果は少なくないはずである。
6.インドネシアにおける調達支援事業
積極的な市場創出を実現した1つの取り組みとして、JICAと環境省が連携して行うインドネシア西ジャワ州におけるPPP事業の「調達支援」(Transaction Advisory)に触れておきたい。この事業は、案件発注者(西ジャワ州政府)が主体的に行う調達行為に対してJICAがコンサルティングサービスを行うものであり、JICAにとってTAを担う初めての事例である。
環境省から派遣され、JICA環境政策アドバイザーとして現地で本事業に関わった辻注9)によれば、環境省はインドネシアに対して、2000 年代より廃棄物発電を支援してきたが、2017 年になって廃棄物発電が日尼両国首脳級のアジェンダとなり、2018 年には12 都市における廃棄物発電を促進する大統領令が発出されたことによって、インドネシア側の制度や機運が整い、個別案件にターゲットを絞った支援をする基盤が出来たという。調達支援は、あくまで相手国を主体としたキャパシティ・ビルディングを行うことが求められる事業であり、日本の強みであるきめ細かな支援が発揮された事例と言えよう。
7.おわりに
海外展開事業に挑んでいる民間企業の殆どは、国内での事業基盤を有しており、海外事業のみに従事しているわけではない。廃棄物・リサイクル分野の海外展開はリスクが少なくないにもかかわらず、官民が連携して海外に目を向けているのは、我が国において人口とごみ排出量が減少し、国内市場の成長が頭打ちになることへの危機回避でもある。これは、国内における技術力維持のためにも重要な観点である。
2017年末に中国が廃プラスチック輸入を突如禁止して、日本国内に行き場のない廃プラが滞留したことは記憶に新しいが、緊急対策として、国内循環体制の構築のため大量の補助金を投じて導入された設備(ソーティングマシーン)は殆どが海外製であった。これは、約20年間、日本が使用済みの金属やプラスチックのリサイクルを中国をはじめとした海外に依存してきたため、関連する技術への投資が大きく遅れていたからである。
これから迎える人口減少時代においても、適正処理、リサイクルに関する技術水準は維持していかなければならないし、むしろ、枯渇する資源を確実に国内循環させるための技術の高度化も必要となってくる。市場が縮小する中で技術開発に投資するのは困難と言わざるをえないが、途上国に目を向ければ、温暖化対策(廃棄物焼却発電)や有害物処理など、日本の技術が求められる機会は確実に増えると考えられる。換言すれば、海外展開事業の成否は、日本国内を支える静脈産業のサステイナビリティにも直結する課題といえる。
環境省のFS事業は2021年度も7件採択されている(2021年10月時点)。2020年度以降は新型コロナウィルス感染症の世界的な拡大により、海外事業は更に難しい状況が続いているが、この10年余り官民で育ててきたシーズを守り大きくしていくためには、既に案件化した事業も含めて、1つ1つの案件で課題対処の道筋を具体的につけていくことが求められている。
- 注1)
- インフラシステム輸出戦略(令和3年6月改訂版)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/pdf/infra2025.pdf
- 注2)
- 令和元年度我が国の循環産業の海外展開促進に向けた実現可能性調査等統括業務報告書.株式会社三菱総合研究所(環境省請負事業)
- 注3)
- 令和2年度我が国の循環産業の海外展開促進に向けた実現可能性調査等統括業務報告書.公益財団法人 廃棄物・3R研究財団(環境省請負事業)
- 注4)
- 注3の報告書では案件総数85件、事業化案件数5件と報告されているが、本稿では環境省への聞き取りを踏まえて精緻化し、案件総数87件、事業化案件数7件としている。
- 注5)
- 木村正伸ら.静脈産業メジャー構想の背景と期待.廃棄物資源循環学会誌,Vol. 22, No. 6, pp. 437 – 447, 2011.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mcwmr/22/6/22_437/_pdf/-char/ja
- 注6)
- 平成24年度 日系静脈メジャーの海外展開促進のための戦略策定・マネジメント業務 報告書.株式会社三菱総合研究所(環境省請負事業)
- 注7)
- 佐々木 創.アジアにおける環境サービスと環境企業の現状と展望.アジア太平洋地域のメガ市場統合.中央大学経済研究所研究叢書(2017年3月20日)
- 注8)
- 新水道ビジョン(厚生労働省健康局)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/newvision/newvision/newvision-all.pdf
- 注9)
- 辻 景太郎.インドネシア廃棄物発電プロジェクトの進展と日本の支援のあり方. 環境管理(2019年 8月号)