心の健康害す間接影響を指摘

書評:服部 美咲 著『東京電力福島第一原発事故から10年の知見-復興する福島の科学と倫理』


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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電気新聞からの転載:2021年8月20日付)

 東京オリンピックが閉幕した。困難な状況で最大限のパフォーマンスを見せてくれた選手やボランティア、運営に携わられた多くの皆さんに感謝と敬意をおくりたい。「復興五輪」の意義が希薄になってしまったことは痛恨だったが、うれしいニュースもあった。

 米国や豪州のソフトボールチームから福島の桃が絶賛されたことだ。「福島の桃のせいで太っちゃったよ!」と、冗談交じりに福島で受けた温かなサポートに謝意を示した。福島の農林水産物については、放射性物質に関する検査結果が日々公表され、何ら問題がないことは科学的に明らかにされているが、残念ながら放射能汚染への恐れをことさらに騒ぎ立てた国もあった。放射能を巡ってはそれが政治利用されることを前提に、毅然とした対応が求められることが改めて示された事例だろう。

 放射能を巡る議論はこれまでもさまざま「利用」されてきた。あるいは善意だったかもしれないが、事故直後に福島の方たちに避難を強く迫った方たちが、その後の科学的評価として出された朗報に反応したのはほとんど見たことがない。今年3月、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)が出した「福島県で将来的にも放射線被ばくによる健康影響は確認されないだろう」という報告は、本来もっと大きく取り扱われるべきであったろう。科学だけでは語り切れない問題でもあり、よほどの専門家でなければ発言をためらってしまいがちだが、本書が指摘するように、直接の放射線被ばくではなく、政策や避難生活などによる間接の影響の方が深刻であると明らかになっているのであれば、科学的議論を喚起する努力が必要だ。

 本書は、福島の方たちに科学的知見をわかりやすく提供しようと取り組んできた服部氏の新著。特筆すべきは、放射線被ばくの影響だけでなく、心の健康問題も取り上げていることだろう。福島に寄り添ってきたからこそ、心の健康問題の重要性を実感しておられるのだと思う。象徴的な課題として、甲状腺検査と処理水を巡る処分法を巡る議論も整理している。

 住民の悩みに一つ一つ応え、「福島の住民の苦労をなかったことにしたくない」との思いから本書の執筆に協力された多くの医師や科学者がおられる。彼らの努力に感謝と敬意を表し、風評被害と戦い前に進もうとする福島の皆さんに、ささやかであっても貢献したいと願う。

※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『東京電力福島第一原発事故から10年の知見-復興する福島の科学と倫理』
服部 美咲 著(出版社:丸善出版)
ISBN-13:978-4621306260