震災後10年 福島の農業のこれから(前編)
印刷用ページ 東日本大震災から11回目の夏を迎えた福島。車窓から見る田圃は美しい緑色に輝いています。今年の福島は米作りに大きな影響を与えるような天候不順がなく、秋にはおいしい米の収穫が予想されます。
それでも多くの農家の心は晴れやかではないかもしれません。元々の米需要の減少やコロナ禍の影響によりJAの買取価格が引き下げられ、農家の収入や、やりがいに暗い影を落としているからです。
農業の衰退は食料自給率の低下につながります。福島だけの問題ではありませんが、稼げる、やりがいがある農業の再構築は待ったなしと言えるでしょう。
そんな中、福島市大波地区で原子力事故の大打撃を受けた農業の再興に取り組むNPO法人0073(おおなみ)の永井康統代表に話を聞き、これからの農業のあり方に向けたヒントを探りました。
大波地区は福島市内からひと山越えたところに位置する中山間地域にあたります。米作りに広く共通する後継者問題に加え、地形制約から農地の集約、農業経営の大規模化が難しく収穫量の維持が困難という地区特有の課題を抱えています。
これに近年の米余り、さらに昨年以来のコロナ禍が加わったJA買取価格の低迷が重なると農家の収入に与える影響は甚大なものになります。福島県は国からの支援金を得られる飼料用米への転換も勧めていますが、米作りにプライドを持つ農家ほどブランドや等級のない飼料用米作りには、やりきれなさを感じるようです。新規の就農者が増えず後継者不足に悩むことになるのも頷ける状況と言えるでしょう。
こうした状況のもと、2017年に設立されたNPO法人0073では、大波地区の農家から買い取った米を関東地方などの会員に販売しています。具体的な価格は控えますが、農家にとって魅力的な価格で買い取っており、今後精米機などの償却負担が下がれば買取価格の引き上げも考えるとのこと。遠方への販売は送料が課題になりますが、NPO法人0073が数量をまとめて扱うことで大口割引料金での宅配が可能になっているそうです。NPO法人0073のような仲立ち役の存在は、個々に売り先を見つけることが困難な農家にとっても、またリーズナブルな価格を求める買い手にとってもうれしい仕組みと言えます。
会員への販売量は年々増加し2020年米は活動開始当初の倍以上となりました。最初は福島の農業を応援する気持ちや永井氏の伝手で売れた分もあるかもしれませんが、それでは長続きはしません。これは米の実力あっての結果と言えます。大波地区の気候や土が米作りに適しているという事情があるにせよ、やはり福島の米はおいしいのです。
NPO法人0073の活動は福島産米のファンの根強さを示していますが、関東地方を例にとると、スーパーに行っても福島の米を見かけることは多くありません。店によっては定期的にフェアを開催していますが、東日本大震災以降、福島産米の常設棚が他県産米に置き換わってしまい、それを奪還するに至っていないのです。
こうしたことから福島産米は外食産業により多く流れるようになりましたが、そこをコロナ禍が直撃し、さらに大きな試練を福島産米に与えることになったのです。
大波地区を例にとると会員販売に回る量は一部にすぎず、こうした問題を解決するには及びません。それでも、消費者が生産者の顔が見えることで安心感を得るように、生産者にとっても消費者が見えることはモチベーションであり、原子力事故で自信を失いかけた大波地区では会員販売量の増加傾向は大きな励みになっています。
永井氏は、企業の社員食堂での福島県産新米フェアなど新たな打ち手を準備していると言います。企業にとっては福島復興に貢献する機会となり、食堂利用者にとっては福島産米のおいしさを実感する機会となります。会員販売量の増加につながるかもしれません。
今後もJAが米の商流の根幹であることに変わりはないでしょうが、JAではできないことも多く、大波地区でNPO法人0073が果たす役割には農家のやりがいを支える大きな意義がありそうです。
ただ、NPO法人0073の好事例は、大波地区の人と米に惚れ込んで移り住んだ永井氏による部分が大きいのも事実です。実質的にひとりで切り盛りする運営では取扱量には自ずと限りがあります。販売しきれるか見通せない中で米の買い取り量を決めるなど、「男気」に支えられている部分もあります。
第二、第三の好事例が生まれ福島県内各地の農業が元気になるには、農家、販売の仲立ち役がともに「やっていけるだけの稼ぎ」を得ることが必要です。
後編では「稼ぐ」に向けたNPO法人0073のチャレンジを紹介します。
NPO法人0073の活動にご関心のある方は以下をご覧ください
https://www.npo0073.net/