米中再エネ覇権争いが進むか


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「サンケイビジネスアイ」からの転載:2021年4月14日付)

 米バイデン政権の重点課題の一つは気候変動対策だ。民主党支持者を中心に米国内では気候変動問題に関心を持つ有権者が増えていることも政策に影響しているのだろう。2020年1月のピューセンターの世論調査では、52%が「気候変動問題は大統領、議会の最優先課題」と答えている。大統領選のときから「50年温室効果ガス純排出量ゼロ」を公約として掲げたバイデン大統領は、就任後トランプ前大統領が進めた石炭復活など化石燃料支援のためのエネルギー環境政策を次々と覆している。

 大統領就任当日に、気候変動問題に関する国際合意パリ協定への復帰を決め、翌日にはカナダの石油成分を含む砂岩、タールサンドを米国に輸送するキーストーンXLパイプラインを中止する大統領令の署名を行ったのを皮切りに、既に約100の政策を見直したと報道されている。そんな中トランプ前大統領が18年に導入した輸入太陽光セル・モジュールへの課税についても見直すとの観測があったが、昨年10月にトランプ前大統領が強化した課税内容をそのまま引き継ぐ意向が明らかになった。

 「50年ネットゼロ」を目指すバイデン大統領が進めるのは、2兆ドルのインフラとグリーンビジネスへの投資だ。具体的には、5億枚の太陽光パネル、6億基の風力発電設備、電気自動車(EV)推進、新型原子炉開発などがうたわれている。バイデン大統領は米国製品購入を進める大統領令にも署名しており、連邦政府機関の米国製優先購入も義務付けられた。

 そんな中でも、大量の再エネ設備、特に太陽光パネルの導入には中国製が必要と思われ、輸入太陽光パネルへの課税を導入コスト引き下げのため廃止するとの見方があったが、政権は課税継続を決定した。再エネ導入拡大よりも重要なことは、中国の再エネ設備にできる限り依存せず、再エネの覇権を渡さない政策なのだろう。

中国に次ぐ2位

 日照に恵まれた地域を多く持つ米国では、カリフォルニア州を筆頭に太陽光発電設備の導入が進んだ。19年末現在では世界設備量5億8500万キロワットの3分の1以上の2億550万キロワットを保有する中国に次ぎ、米国の設備量は世界2位6230万キロワットだ。ちなみに、日本は3位6180万キロワットとなっている。

 米国では昨年、投資税額控除制度の後押しもありコロナ禍にもかかわらず、約1900万キロワットの新規設備が導入されたと推測され、固定価格買取制度の見直しが続き導入のスピードが減速する日本との差は拡大しているとみられる。

 米国をはじめ世界の太陽光発電設備導入を支えているのは、中国製太陽光パネルだ。2000年代、日本メーカーが世界のパネル製造の3分の1を担い、約2割を担ったドイツとともに「2強」と呼ばれてもよい状態だったが、10年代に主要国が太陽光発電設備導入に注力し始めパネル需要量が急増するにつれ、中央、地方政府の支援を受けた中国メーカーが製造量を伸ばし、今世界のパネル製造の7割以上は中国が担う。19年出荷量世界上位10社のうち実質中国企業が8社を占め、韓国企業が6位、米国企業が8位を占めるのみだ。

 09年に就任したオバマ元大統領は「グリーンニューディール」をうたい10年間で再生可能エネルギー導入を中心に500万人の新規雇用を作り出すとした。太陽光発電設備製造企業支援のため連邦政府資金を投入したが、「オバマのペット」と呼ばれた企業は11年破綻してしまう。オバマ元大統領は、グリーンニューディールに触れなくなり、2期目には輸出振興により製造業で100万人の雇用を創出するとした。

 オバマ元大統領の公約は実現しなかったが、米国の太陽光発電設備導入量はその後も順調に伸びた。しかし、米国での製造は伸びなかった。19年時点の米国での太陽光関連事業雇用者数25万人の分野別雇用を見ると、設置と販売の雇用が約8割を占め、製造にかかわる雇用は3万4400人だけだ。

 中国企業が米国内設備の4分の3を供給し、米国企業による製造に結びつかなかったことから、製造業復活を公約に掲げラストベルトでの支持を集めたトランプ前大統領は18年に太陽光パネルを構成する輸入セル及びモジュール・パネルに対し課税を行うことを決定した。

新政権も課税継続

 18年トランプ政権下で米通商法201条緊急課税制度に基づき導入された課税では、輸入セル及びモジュールに対し18年に30%の課税を行い、毎年5%ずつ税率を下げ、21年に15%まで課税を継続することが決められた。米国に太陽光モジュール製造工場を保有する企業はこの課税導入を歓迎したが、太陽光発電設備の設置、販売にかかわる多くの企業は、価格上昇が再エネ導入を妨げるとして反対を表明した。

 この課税制度では両面太陽光パネルが対象外とされていたが、抜け穴になっているとの国際貿易委員会からの報告を受け、トランプ前大統領は、大統領選直前の昨年10月に大統領布告により課税対象外とされた両面太陽光パネルへの課税開始と21年の税率の15%から18%への引き上げを発表した。再エネ拡大を打ち出したバイデン大統領に対し、太陽光発電関連企業17社のトップは、今年2月連名で「昨年10月の大統領布告は熟慮されていない、過酷な税を課し、太陽光拡大の妨げになる」として見直しの要請書を提出した。

 書状を取りまとめた太陽エネルギー産業協会(SEIA)によると、課税により失われた雇用は6万2000人、民間企業の投資額は190億ドル減少、二酸化炭素(CO2)排出量は2600万トン増加したとされている。SEIAと太陽光関連企業数社は、昨年10月の大統領布告は緊急課税制度の要件を満たしていないなどとして米国際貿易裁判所に提訴していた。

 バイデン政権は、しかし、要請書に応えることはなかった。3月1日司法省は昨年10月の大統領布告は適法であるとして、訴えを棄却するように国際貿易裁判所に要請した。

 設備への需要を重視し、再エネ導入拡大政策に重点を置くか、供給面から米国製造業復活、中国製再エネ設備に対抗するかの選択のようにも見えたが、簡単には中国製に依存しない姿勢をバイデン政権は打ち出したということだろう。3月12日バイデン大統領の支持母体である米国労働総同盟・産業別組合会議は、中国新疆ウイグル自治区における強制労働により太陽電池の原料ポリシリコンが製造されているとして、関連する製品の輸入中止を要請した。

 中国に対するバイデン政権の厳しい姿勢からすると、再エネ拡大政策も中国の覇権に対抗することが前提になるということだろう。再エネ拡大はエネルギー供給面からは安全保障に資するが、その設備供給を中国に依存することは安全保障を弱めることにつながる。50年ネットゼロを目指す日本もよく考えるべき課題だ。