有機農業へのシフトを急ぐ欧州
永田 公彦
Nagata Global Partners 代表パートナー(在フランス)
環境と社会に配慮した持続可能な食糧システムへの転換を世界的に主導しようとする欧州。本稿では、その中核的な役割を担う有機農業への大胆な転換の動きを解説する。
9年後に少なくとも農地の4分の1を有機農業に
日本は 2050年までに全農地面積に占める有機農業面積の割合(以下「有機農業率」と記す)を25%に高めることを検討している注1) 。一方、EUは、この有機農業率25%を2030年に達成との目標を、昨年5月20日発表の『A Farm to Fork Strategy (農場から食卓まで戦略)注2) 』及び『EU Biodiversity Strategy for 2030(生物多様性戦略2030注3) 」で掲げた。また先月25日にはその実現に向け『Action plan for organic production in the EU(有機生産のためのEU行動計画)注4) 』を発表し、次の3つの行動軸を示している。
第1軸:消費者需要の喚起、及び消費者の信頼確保
第2軸:有機農業転換を促し、バリューチェーン全体を強化する
第3軸:模範となる有機農業の実現:環境の持続可能性に対する有機農業の貢献度を高める
3つの軸に紐づいた23のアクションが示されており(第1軸1~8、第2軸9~17、第3軸18~24)、2014年から20年にかけて成功したアクションを一部継続するものと新たに追加されたアクションで構成されている。
また、同行動計画の目標達成に向け、EUの農業、林業、農村分野の研究開発予算のうち、少なくとも30%を、作物収穫量の増加、遺伝的生物多様性、争点となる製品の代替品など、有機農業に特有又は関連するテーマに充てる意向を示している。同時に、欧州議会、加盟国、欧州連合の諮問機関および利害関係団体代表者との公開フォローアップ会議の年1開催、年2回のスコアボードを含む進捗報告書の発行と発表、中間レビューの2024年実施とハイレベル会議での発表、EU全体の「オーガニック・デー」の年1開催を示している。
農地に自然を取り戻せ
EUによる有機農業への転換政策の背景には、アグロエコロジーの推進がある。農家は土地の番人として、生物多様性の保全に重要な役割を果たしている。彼らは、生物多様性が失われたときの影響を真っ先に受ける一方、生物多様性が回復した際の恩恵も真っ先に受ける。生物多様性のおかげで、人は安全で栄養価の高い手頃な価格の食べ物を手に入れることができ、これを持続的な農業、さらに環境と社会の発展につなげようというものだ。
こうした考えの下、EUは農業従事者をEU全体の未来に不可欠な存在と位置づけ、彼らと協力し域内の有機農業化を急いでいる。その目的は、生産性を維持しつつ健康的な食品を提供し、土壌の肥沃度と生物多様性を高め、食料生産における環境・気候変動フットプリントを削減することにある。そのため、肥料の環境負荷を減らす(窒素とリンの流出による汚染をゼロに、土壌の肥沃度悪化を防ぎながら栄養分の損失を少なくとも50%削減、肥料の使用量を少なくとも20%削減)。また2030年までに化学農薬の全体的な使用量とリスクを50%削減し、より危険な農薬の使用量を50%削減するとしている(Farm to Fork戦略)。
さらに注目されるのは、有機農業により、従来農業がグローバルレベルでの経済的合理性の追求によりもたらした生物多様性の破壊、水質汚染、気候変動等の負の遺産を取り戻すだけでなく、社会的意義の重要性を唱えている点だ。例えば、農業従事者の増加(従来農業に比べ、1ヘクタールあたり1~2割の雇用増)や農村観光や農業体験を通じた雇用の創出等である。
生産と市場の両面で拡大する欧州のオーガニック転換
世界的に有機農業への転換と有機食品の市場が急拡大している。スイスのFiBL (Research Institute of Organic Agriculture:有機農業研究所)が、昨年7月から今年の2月にかけ世界187カ国を対象に実施したオーガニック農業関連調査レポート『THE WORLD OF ORGANIC CULTURE (有機農業の世界) 注5) 』によると、1999年から2019年の20年で、有機農業面積は7倍近く増加した(有機農業率は0.3%から1.5%に上昇)。
これを大陸別でみると、オセアニアが世界の50%を占め、次いで欧州(23%)、南米(12%)、アジア(8%)、北米(5%)、アフリカ(3%)と続く。国別では、オーストラリア、アルゼンチン、スペイン、アメリカ、インド、フランス、中国、ウルグアイ、イタリア、ドイツの順となり、これら10カ国が世界の有機農業面積の4分の3を占める(欧州に限ると上位4カ国で全体の5割)。
オーガニック食品市場も、1999年から2019年の20年で7倍増加した。北米と欧州が世界市場の8割を占め、国別ではアメリカ(447億ユーロ)、ドイツ(120億ユーロ)フランス(113億ユーロ)が上位3国となる。欧州では独仏2国で全体の6割を占めるが、対前年伸び率ではフランスが13.4%と最も高く、食品市場に占める有機産品の割合と国民1人当たり消費額ではデンマークが最も高くなっている(12.1%、年334ユーロ)。
このように、有機産品の市場規模は大きいものの有機農業率が世界平均の1.5%より低い0.6%に留まるアメリカ、有機農業面積は広いが、有機農業率も市場規模も小さいオーストラリア、中国、インド等の農業大国に対し、既に有機農業率が8.1%と高く、オーガニック食品・飲料市場が急伸する欧州は、生産と消費の両面でオーガニック転換が進んでいると言える。
今後この欧州の野心的な動きが、今年2月にパリ協定に復帰したアメリカ、さらに中国、インド、南米の農業大国や日本にどのようなインパクトをもたらすのか注目される。
- 注2)
- 欧州委員会、2020年5月20日、EUホームページ EUR-Lex – 52020DC0381 – EN – EUR-Lex (europa.eu)
- 注3)
- 欧州委員会、2020年5月20日、EUホームページ EUR-Lex – 52020DC0380 – EN – EUR-Lex (europa.eu)
- 注4)
- 欧州委員会、2021年3月25日、EUホームページ com2021_141-organic-action-plan_en.pdf (europa.eu)
- 注5)
- FiBL『The World of Organic Culture(2021年3月1日)』 Microsoft Word – willer-etal-2021-03-01.docx (fibl.org)