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東日本大震災から 10年復興のいま


立命館大学衣笠総合研究機構准教授/東日本大震災・原子力災害伝承館上級研究員


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 10年で復興の何が進み、何が課題として残っているのか。多くの人にとってわかりにくい現状があるだろう。本稿では、両者の要点を俯瞰したい。


福島県田村郡三春町 三春滝桜

 外から見ていて気になるだろう放射線・放射性物質への対応は大きく進んできた。

 放射線・放射性物質については、大きく作物・環境・人体、それぞれへの対応がなされてきた。まず作物については、野生の山菜・キノコ・川魚などで一部出荷制限がかかるものが残る。また魚においては、先日サンプル調査をする中でクロソイから法定基準値を超えるものが出たことも報じられた。ただし、魚としては2年ぶりの基準値超えであり、確率としては1万分の1に満たないところまで来ていた。当然、クロソイは出荷制限がかけられ現在市場への流通からは排除され、再び安全性が確保されるのを待っている状況にある。逆に、他の魚は、既に安全性が確保されており、流通する状況になっている。それは当然長期にわたる検査結果を受けてのものだ。

 法定基準値(100Bq/kg)を超えない期間という意味では、コメでは5年、野菜や肉等においては、それ以上の長い時間、安全性が確認され続けている。そのために様々な対応(例えば、カリウムを散布することでセシウムが比較的多い土地でもその作物への吸収するのを抑制する対策等)がなされてきた成果だ。ただ、現場ではもう基準値を超えることなどないという実績・実感がある一方、全国的には「まだ福島のものは危ないのではないか」という偏見が固定化して残っている部分もあり、検査を続けてきた。ただ、そのことへの徒労感は蓄積している。例えば、コメについては、全量全袋検査という、福島県内でとれたすべてのコメ(市場に流すものだけではなく、自家消費米も含める)を袋に入れた状態で検査し、その結果をオンラインで公表し続ける体制をとってきたが、1000万袋に及ぶ検査には年間50億円ほどの予算がかかってきた。安全が確認されて久しい中、高いコストをかけて続けることの正当性はゆらいできた。そんな中で、2020年にとれたコメからは原発周辺地域では全量全袋検査を継続するものの、その他地域では地域を細かく分けてサンプル調査をする形に変わった。

 作物の放射線対応については、これからは、固定化する偏見を解消する努力をしつつ、いかに合理的な範囲に体制を変更していくのかが重要になる。

 環境や人体への影響についても、大きくは「ポスト放射線対策」の視点で捉えられる。

 福島県内の避難指示地域では、人が居住再開した範囲において、除染や自然減衰によって、当初よりも大幅に線量が下がり、まだ線量が高いとされる帰還困難区域も面積としては福島全体の2%程度で、その広い部分はそもそも人が立ち入らない山林等であり、また人が立ち入る部分でも「特定復興再生拠点区域」という集中的に除染を進める地域を定め線量を下げた上での居住等の再開が目指されている。むしろ、問題は避難指示地域の中に見られるようになってきた復興格差だ。例えば、町独自の判断で避難指示を全町にかけた広野町では、避難指示解除を早期に実現した結果、現在では、元々住んでいた住民に加え、復興関係の仕事や、新しくできたふたば未来学園の生徒の寮ができたことなどもあって、町に居住する人口は震災前よりも増えている現実がある。川内村も、交通や買い物などでは便利ではない中山間地域であるが早期に帰村のための方策を尽くしてきた結果、8割の人口が戻っている。他方、近年になって避難指示解除をした富岡町・浪江町では人口は元の1割程度にとどまる。これは当然のことで、時間がたてば地域の機能は壊死し、住民は避難先で新たな生活基盤を築く。この格差もある中で、いまの課題の中心は、もはや放射線の有無などではなく、地域の生活インフラの再建や産業再生であり、商業施設や医療機関、産業団地の整備等が進められている。

 原発事故由来の被ばくによる人体への影響も有り得ないことが多数の研究が明らかにしてきた。それを受け、例えば、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)は被ばくによる健康影響が現在なく、将来に渡っても有りそうにないことを継続的に指摘している。むしろ、被ばく影響が無いことが分かっても、甲状腺検査を継続してきたことによって、死亡率に影響しない手術不要なガンを不用意に掘り起こす「過剰診断」が起きている可能性が高い、という重い指摘がある。本来不要な甲状腺切除等の手術を受けることになると、一生薬をのみ検診に通い、就職・結婚等ライフステージの様々な場面で差別的扱いを受け、保険やローンを組めなくなる可能性を高める。場合によっては、生理不順・流産のリスクを高め、常に発熱時の倦怠感を持っているような状態になり、発声に支障がでる。そのようなリスクがあるのに、事前に説明がされずに、学校では9割を超える受診率がある事実上の悉皆検査が行われており、これは重大な人権問題となっているという指摘も出ている。政治・行政の不作為やメディアが為してきた過剰な恐怖心やニセ科学の煽動はこれから検証の対象となるだろう。

 被ばくによる人体への影響はなかったが、原発事故自体による人体への影響=健康被害は明確に存在する。それは震災関連死=避難による死だ。福島県では1600人あまりが地震・津波で亡くなった。もちろんこれは膨大な数だが、地震・津波以外でも亡くなった人がいる。それは避難の過程・長期化の中での死者=震災関連死だ。これは2300人を超えている。つまり、身の安全を確保する手段である避難自体が、地震・津波以上の大量の人命を奪ってしまったという事実がある。これは3.11最大の教訓と言っても過言ではないと個人的には思うところだが、いまだに「避難がめちゃくちゃ体に悪い」という前提が、ほとんど社会的に共有されていないのが10年目の現在だ。

 私たちは子どものときから、避難訓練を学校でやらされ、消火器を試しに使ってみるぐらいのことはしてきた。ただ、災害のプロセスは、その数時間から数日、あるいは自分のいる近辺せいぜい数キロ程度にとどまらないという視点が決定的に欠けている。今後数十年で7−8割という高確率で起きると言われる南海トラフ地震や首都直下地震の際には、3.11どころではない何十万人規模の避難者が生まれ、その避難生活が長期化する可能性がある。そうすれば、高齢者・持病がある人を中心に体調が急激に悪化して亡くなる人、若ければ死なずとも心身に回復不可能な不調が現れる人が大量にでることも想定しなければならない。

 改めて言うまでもなく、福島の問題は、処理水処分をはじめとする福島第一原発廃炉の問題、県外最終処分を目指す除染・中間貯蔵の問題はじめより長期的に課題解決に向けた努力が求められるものも多い。それを考える上でも、ここまで述べたようなことについての事実の共有はまずなされなければならない。復興が進めばその分、新たな難題も見つかる。その難題を正面から考え続けられる人を増やす努力は今後も必要だ。



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