ドイツが脱石炭に時間をかけるもう一つの理由
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「エネルギーレビュー」からの転載:2020年9月号)
コロナ禍により電力需要が大きく落ち込んだ欧州では、再エネからの発電量を需要に応じ調整できないため、需給調整に苦慮する国が出てきた。英国では、出力制御の対象外の中小の再エネ設備からの供給過剰による停電を避けるため、要請に応え停止した設備には補填を行う制度を送電管理者が新たに導入した。
ドイツでも国内需要量が落ち込み、おまけに輸出量もゼロになったが、設備を停止すると、再稼働に大きな費用が必要となる火力発電設備と買取価格が保証されている再エネからの供給により卸電力市場がマイナスになる時間が増え、固定価格買取制度(FIT)に基づく消費者の負担額上昇の可能性が出てきた。2014年度にFIT制度が変更されているが、その前に導入された設備は買取額が保証されているため、卸価格との差を消費者が負担する必要があるためだ。FITで想定されていた電力消費量も減るので、FITに基づく賦課金総額はさらに減少することとなる。必要額との不足分は来年の負担額で賄うことが必要だ。
ドイツの研究所によると、今年の負担額1キロワット時当たり6.756ユーロセントは、来年8.5セントに上昇する見込みだ。FIT負担額抑制に苦慮してきた独政府は、消費者負担上限額を21年6.5セント、22年6セントに設定し、超過した部分を政府負担にすることにした。
ドイツが消費者負担額にもかかわらず再エネ導入に熱心なのは、温暖化対策に加えて自給率向上のためだ。ドイツは国内褐炭を利用する発電も自給率維持に役立てているが、温暖化問題に対処するため褐炭と石炭火力を廃止することを決めた。独環境大臣は、「脱石炭と脱原子力を行った国は世界で初めてだ」と述べたが、褐炭・石炭火力廃止予定は2038年だ。18年も先の話なのだ。
なぜ18年もかかるのだろうか。その理由としては雇用と地域経済への影響があげられている。かつて、メルケル首相は、欧州各国の環境大臣を前に「ドイツにとり最も大事なのは雇用であり、温暖化問題はその次」と述べたほど雇用と地域経済は政権にとり重要な問題だ。
しかし、それ以外にも石炭・褐炭火力を維持する理由がありそうだ。それは、エネルギー安全保障問題だ。2019年の発電量では、褐炭発電が20%、石炭発電が10%を供給している。褐炭・石炭火力を削減すると、天然ガス火力で代替することになる。天然ガスはノルウェーなどからも供給されているが、ドイツが依存度を高めているのはロシアだ。
他国を経ずロシアから直接供給を受けるパイプラインを既に建設しているが、さらにノルドストリームIIを現在建設中だ。米国の対ロシア制裁により完工が遅れているが、今年完成予定だ。この結果、天然ガス供給の約3分の2をロシアに依存することになる。褐炭・石炭火力から天然ガス火力への切り替えは、ロシア依存度を大きく増やすことになり、エネルギー安全保障上問題を引き起こす。
いまドイツの石炭生産はなくなったが、石炭火力もすぐには廃止せず時間をかけて削減する。褐炭と異なり雇用の問題は大きくないはずだが、ドイツが石炭火力削減に時間をかけるのは、エネルギー安全保障問題も考慮してのことと理解できる。天然ガスと異なり、石炭はロシア以外米国、豪州、コロンビア、南アフリカなど多くの政治的に安定している国から輸入することが可能だ。自給率を向上させる再エネのコストが下落するのには時間がかかる。その間石炭と褐炭で安全保障問題に備えているようにみえる。
やはりメルケル首相が述べたように、温暖化よりも優先することがあるとドイツは考えているのだろう。脱石炭に時間がかかる理由は、地域経済が第一と単純に考えているためだけではなさそうだ。エネルギー問題で考えるべきことは多くある、とドイツの例は示している。