シナリオプランニングの手法から~コロナ禍を考える(6)
デロイト社からシェルのシナリオへ
角和 昌浩
東京大学公共政策大学院 元客員教授
前半はデロイト社の“コロナ”シナリオの紹介を続けます。後半はシェルのシナリオチームの最新“コロナ”シナリオを紹介します。デロイト社作品は2020年4月の公表なので、制作作業はCOVID-19の脅威が世界を深刻に捉えた期間に行われただろう。対してシェルのシナリオは9月の公開で、シナリオチームが“コロナシナリオ”の準備に入ったのは4月だったらしい。この作品では欧米社会が、new normal (新しい日常)への切り替えへと政治決断した後の情勢も取り込むことができた。
まず、デロイト社作品の紹介を書き継ぐ。コロナ禍後の社会の未来展開を4つのシナリオに整理している。The Passing Storm、Good Company、Sunrise in the East、Lone Wolvesの4つだ。前回はThe Passing Stormまで書いた。
Good Company
パンデミックとの戦いという共通目的が社会的紐帯を維持している。が、パンデミックが予想よりも長引き、各国政府は危機対応に追われ、負担増に苦しむ。各国政府の連携の動きは弱い。
ここで私企業が「官民連携Public-Private-Partnership (PPP)」の仕組みを活用して、問題解決に参加する。ヘルスケアの専門知識やソフトウェア・ツールなど。民間企業の技術は社会変化を促す。業種を超えた企業提携が起こり、喫緊のニーズに応えるべくイノベーションが促進される。こうして、めざましいビジネスエコシステムが一夜にして出現する。
ここに参加するソーシャルメディア企業、プラットフォーム企業やテクノロジー企業が富と名声を手にする。経営トップは、顧客、株主、従業員のパンデミック危機からの回復を願い、そこに貢献したい。企業経営は一層「ステイクホルダー資本主義」に移行。
ただし大企業にパワーが集中するため、気候変動対策は一律の方向では進まない。いくつかの大企業は再生可能エネルギー関連に投資してゆく。
2021年末から世界経済の回復が始まる。回復スピードは、2022年初は遅いが、同年後半までに加速。
Sunrise in the East
パンデミックは深刻化し、世界中で無秩序に広がる。中国その他の東アジア諸国は比較的、効果的に対応できたが、欧米諸国はアクションが遅れ、対策に一貫性を欠いていたため、深い、長期的な影響に苦しむ。
中国その他の東アジア諸国の対応が世界標準になる。強力で中央集権的なコロナ対策。社会的紐帯とは秩序や助け合いの価値観のことである。社会は共通善として監視メカニズムを受け入れる。データ共有が進み、AI等先進技術進展が加速する。
中国は世界のメジャーパワーに台頭し、国際機関(WHO)の場での医療システム他の国際的な課題で各国間調整をリードする。中国は海外直接投資を劇的に増加さる。中国のIT企業集団BATが東南アジアやアフリカを席巻。世界のパワーの中心は、次第に、決定的に「東」に移る。
世界経済の回復は2021年末から。世界経済はコロナ禍の長期化により停滞するも、東アジアでは迅速で力強い回復。
各国の景気回復が優先されて、気候変動問題の優先順位は低い。
Lone Wolves
パンデミックは指数関数的に拡大して、病気の波が地球全体を揺がす。COVID-19のウィルス株は変異と進化を続け、根絶できない。感染症対策は簡単に凌駕されてゆく。長期的で破壊的な危機が起こる。死者の増加、社会不安、経済恐慌。目に見えない敵が至る所に存在し、人々は暗黒の被害妄想に陥る。各国政府は外国人規制を厳格化。政府の社会監視が常態化する。市民の自由意思は封鎖される。
各国は孤立主義化。サプライチェーンは国内に回帰。国産エネルギー確保への政策転換、気候変動対策は衰退する。
世界経済は2022年半ばまでに回復するも、各国の回復スピードは異なる。混乱が続いている。
Rethinking the 2020s
シェルの“ポストコロナシナリオ”
2020年9月、シェル本社のシナリオチームが“コロナシナリオ”を公表した注1) 。デロイト社のシナリオ手法と比較しながら読み解いてゆく。詳しく知りたい方は原典に当たられたし。
シナリオフレイムワーク
デロイト社同様、ショックシナリオの型式(シリーズ2 第1回を参照)を基本とする。
但し、「ショック前の全体システム」は、例えば、ポピュリズムや地政学的緊張関係によって、既に流動化しており、コロナ禍というショック事象は世界大の不安定性を助長する、と論じている。
次にコロナ禍は、ショック後の社会経済システムにどう影響するのか? シェルのシナリオフレイムワークは、以下の設問から出発する。
我々の社会が、将来も“COVID-19と共にあり続ける” と覚悟した、として、それでは、この社会は、何を、社会共通のめざすべき価値として合意するのか? その結果、どんな社会経済像が現れるか? それはエネルギー・環境課題について、どう応えるのか?
ここで演繹的アプローチが使われる。シェルは社会的に合意できる共通善として、豊かさwealth、セキュリティsecurity、市民生活の健康healthの3つがある、とした。この3つは未来社会を様々に、異なった姿へと形成してゆく動因(ドライバー)だ。未来は、我々が/社会がどのドライバーを優先したいと合意するか、によって複数の違った未来へと展開してゆく。
一見、シェルは「豊かさと、セキュリティと、市民生活の健康の、同時達成」みたいなレトリックで、未来の不確実性問題を回避しておらない、と解るだろう。仮説の議論をねばっこく詰めながら、未来を探索してゆくのだ。
シナリオは3つ。Waves、Islands それにSkyである。
以下視点を変える。デロイト社のシナリオと対比させて手法を解説する。
デロイト社はシナリオの時間射程を2020年から3-5年とし、比較的短期の未来を扱った。対してシェルの射程は長い。今後10年間、社会が“コロナと共にあり続ける“として、我々の社会は、これからどうありたいのか、これがシェルの社会経済シナリオ;Waves、Islands、Skyになる。この3つの異なる社会経済シナリオが、今後の10年、我々の社会のエネルギー・環境課題の取扱いかたを規定し、それは2030年以降のエネルギーミックスとエネルギー起源CO2排出量を規定してゆく。後半がシェルのエネルギーシナリオである。シェルのシナリオ作品では、常に、エネルギーシナリオが社会経済シナリオに従属し、包摂される。そのように作る。
それではシェルの3つの社会経済シナリオを概説する。
豊かさ優先 A Waves World
経済的豊かさを優先するWavesのシナリオ世界では、パンデミックからの回復が比較的早い。各国経済はコロナと共に生きる方策の学びに成功した。経済回復と併せて、エネルギー需要も回復。
各国政府は既存大企業に経済復興への支援を求め、大企業の業績は好調。従来型のサービスが復興拡大し、雇用を創出。
そうなると社会は社会課題の構造改革を怠る。例えば社会保障、格差、公衆衛生、そして気候変動といった課題への取り組みは遅れるだろう。気候変動は、政治のアジェンダから落ちて、漂流し、再エネの力強い成長にも拘らずエネルギー転換は世界的に行き詰まる。加えて、経済効率に焦点が当たるので、将来のショックへの対応余地が全く残されていない。
今後10年、豊かさを社会目標として優先するとWavesシナリオになる。2030年を過ぎると、このシナリオでは構造改革が遅れてしまった世界が現れる。いずれ、高コストの調整を強いられるだろう。
次回に続きます。