具体的顧客像からつかむ商機
書評:江田 健二 著『エネルギーデジタル化の最前線2020』
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(電気新聞からの転載:2020年7月3日付)
エネルギー産業のデジタル化が叫ばれて久しい。むしろ、この言葉自体にはもう目新しさはないと感じるほどだ。しかし、具体的なビジネスモデルをどれほど共有できているかといえば、非常に心もとない。それはなぜだろうか。
ビジネスモデルを考える上で重要なのは、顧客のイメージを具体的に持つことだといわれる。年齢、性別、職業や生活パターン、趣味嗜好などを詳細にイメージし、その具体的な顧客にアピーリングな商品やサービスを考えるのである。しかしエネルギー産業はこれまで、それほど具体的に顧客をイメージしてきただろうか?
電力会社に長年勤めた経験から自戒を込めて言えば、エネルギーを届ける先として、顧客の顔ではなく、需要場所、すなわち建物をイメージしているケースがまだ多いように思う。顧客を具体的にイメージできなければ、どんな価値を提供すれば顧客が喜び、対価を支払ってくれるのかという議論に迫力は生まれない。デジタル化という手段によって、どのような生活や価値を提供するかというビジネスモデルがクリアになりづらいのは、それが技術の進展や多くの規制緩和や他産業との連携などを必要とする課題であるということ以上に、目指す姿が共有できていないことにあるのかもしれない。
そうした現状に、本書は多くの具体的なヒントを提示している。「エネルギービジネスは、今後、インフラ産業から情報・サービス産業へと発展していく」と断言し、将来ライバル企業となり得るGAFAの戦略や、国内エネルギー事業者8社のインタビューを基に構成されている。動きの激しい分野において、こうした具体的事例を紹介することを、出版という形で行うことには難しさもあったであろう。しかし本書の肝は、事例の鮮度ではなく、どのような価値観で関係者が議論し、何を目指しているかであろうと私は思う。
拙著「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」でも指摘した通り、分散型電源が大量に導入されればキロワット時の価値は下がる。キロワット時の提供が価値だった時代は終わりに近づいている。では、今後どのような価値の提供をビジネスの中核に据えるのか。我々は今、エネルギー産業のビジネスモデルの転換点に立っている。「エネルギー利用データは宝の山」といわれる。しかしダイヤモンドも原石のままではただの石ころだ。宝の山を磨く技術を磨きたいものだ。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『エネルギーデジタル化の最前線2020』
著:江田 健二 (出版社:エネルギーフォーラム)
ISBN-13:978-4885555039