非効率石炭火力のフェーズアウトについて(その2)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
筆者は石炭、天然ガス、原子力、再エネ、省エネを問わず、手段であってそれ自体が目的ではないと考えている。梶山大臣がいみじくも指摘する通り、資源がなく、近隣国ともネットワークを有さない日本がエネルギー安全保障、経済効率、環境保全をバランスさせるためには使えるオプションは全て使わねばならないのである。
「温室効果ガス排出量が大きいという問題があるが、地政学的リスクが化石燃料の中で最も低く、熱量当たりの単価も化石燃料の中で最も安いことから、現状において安定供給性や経済性に優れた重要なベースロード電源」というエネルギー基本計画における石炭の位置づけは正しい。そしてもう一つのベースロード電源である原子力発電所の再稼動が原子力規制委員会の審査の遅れ、地元同意の取り付け、訴訟等によって大きく遅れ、特重施設整備の遅れを理由に逆戻りすらしている中で、石炭火力は日本の電力料金の上昇を防ぐ役割を果たしてきた。
朝日新聞が主張するように「石炭をフェーズアウトして再エネで代替せよ」と言うならば、それによって電力料金が上がらないという確かな証拠をしめしてほしい。「再エネは従来電源と競争できる水準まで安くなった」というならば、今回、エネルギー供給強靭化法で導入されたFIPなど不要なはずだ。今般、導入された容量市場も変動型再エネの導入拡大を支えるための新手の補助金である。最終消費者は再エネ導入拡大に伴う補助金負担に加え、今後は容量市場に伴う補助金も負担することになる。そういったコストも含めて石炭火力に代わるほど安くなったというならば、再エネの導入をどんどん増やせばよい。逆にそうでないとするならば、電力料金への影響をにらみながら、バランスを図っていくしかない。
そういう観点で、今回の経産省の非効率石炭火力フェードアウト方針を見ると、コストへの配慮が見えない。山本隆三所長が「抑制すべきは石炭火力が電気料金か」で指摘されているように注1) 石炭火力のフェードアウトは電力料金の上昇を招く可能性が極めて高い。
記者会見の中で梶山大臣は「償却が終わりに近づいているとか終わったプラントというものは、コストは安いが、温暖化ガスをそのまま流していってよいかといったときに、皆、地球環境保全に総論は賛成だが、価格、企業経営など、様々な各論が出てくる」と述べている。また「いざというときのために非効率石炭火力も維持しなければならないとなると電力会社も含めた国民の負担があるのではないか」との問いに対して「それは最低限の負担にしていくということだ。やはり国民生活もあるし、産業上、経済上の電力のコストというのは産業の米と言われるように、これはコストにしっかり乗ってくるわけだから」と答えている。このやり取りをみる限り、非効率石炭火力フェードアウトが電力コスト上昇につながるリスクは認識されているようだ(というよりも質問をした記者は「いざというときのため」の一つが変動性再エネの拡大による電力需給ギャップリスクであること、その変動性再エネの拡大のために国民負担が数兆円に上っていることへの認識はないのであろうか)。
コストについての認識があるならば、非効率石炭のフェードアウトを進めるに当たって、電力需要の動向、原発再稼動の進捗状況、代替電源(天然ガス、再エネ)のコスト動向を見極め、電力料金上昇につながるようであればブレーキを踏めるような弾力的なものにすべきである。一部報道にあるような「2030年までに9割、100基を休廃止」という石炭火力のみに着目した、エネルギー需給全体と切り離した数値目標を機械的に実行することは有害無益でしかない。
加えて杉山大志氏が「石炭火力の縮小が電力供給の強靭化に逆行する危惧注2) 」で指摘しているように電力システム安定のために必要なときに必要なだけ電力を供給できる化石燃料火力の役割は大きい。コロナによって目下、LNG価格が低下していることは僥倖であるが、この状態がいつまで続くか予断を許さない。CO2排出量は大きくともエネルギー安全保障、経済効率(低価格)と言う点で大きな利点を有する石炭を手段として確保しておくことは日本の経済安全保障上、不可欠である。それが現在及び建設中の高効率火力だけで十分なのか、非効率火力とされる既存火力の出番も生ずるのか。邦銀が石炭火力への融資から手を引いている中で、高効率火力の更なる新設は期待できない。ならば東日本大震災のときのように非効率火力であっても打ち手としてとっておいた方がいいことになる。
まだ使える石炭火力を休廃止させることによって生ずる電力会社の不利益にはどう対応するのだろうか。2038年石炭フェーズアウトを決めたドイツは、そのための新法を国会で制定し、電力会社に対して合計43.5億ユーロ(約5260億円)の補償金、炭鉱や発電所で早期退職を強いられる人向けに2048年までに50億ユーロ(約6000憶円)を支払うこととされた。また電力料金上昇の影響を受けるエネルギー多消費産業に対しては「妥当な」水準の補償金を支払うこととし、その詳細は今後定められることになっている。まだ使える資産を政府の施策によって使えなくするということは、それだけ多方面に影響を与えるものであり、きちんとした手当てが求められるということである。FITや脱原発で「ドイツに続け。バスに乗り遅れるな」という昔の帝国陸軍のような議論が跳梁跋扈したが、ドイツの2038年脱石炭法は更にそれに拍車をかけるだろう。筆者はドイツの方針に批判的であるが、そのドイツでさえ、事業者に不利益をもたらす政策導入にあたって様々な措置を講じている。見習うならばこういったところも見習うべきではないか。
「非効率石炭火力の2030年に向けたフェードアウトを確かなものにする規制的措置や安定的に供給力を確保しつつ、早期退出を誘導するための仕組み」はこれから有識者会議で議論される。石炭火力の休廃止を自己目的化するのではなく、電力供給全体の中で例えば原発再稼動と非効率石炭火力の休廃止をリンク付けるなど、電力料金の上昇につながらないような工夫がなされることを切に望む。小泉大臣も石炭火力を叩くならば、同じくらいの熱意で原子力再稼動の加速の必要性についてしっかりと語るのが温暖化対策責任大臣としての責務ではないか。