大手新聞はもっと勉強すべきだ
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
6月11日の日経新聞朝刊に「再エネ、コロナ下で脚光」という記事が掲載された注1) 。その概要は以下の通りである。
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- 新型コロナウイルスの感染拡大で世界の電力需要が落ち込む中、太陽光や風力など再生可能エネルギーの発電量が伸びている。他方、石炭などの火力発電は稼働率が大幅に低下した。欧州では化石燃料などによる発電量が20年1~3月期に前年同期に比べ約200億~250億キロワット時落ち込み、一方で風力・水力発電が約200億キロワット時増えた。
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- 一度設置すれば人手がほとんどかからない再生エネの利点が影響した。過去20年間の技術革新でコストなどの競争力も大幅に向上した。これに対し、火力や原子力発電所は運転に多くの作業員が関わり、感染症の影響も大きくなる。
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- IEAは世界のエネルギー需要が20年は前年比で約6%落ち込むと予測。石炭は約8%、石油は約9%それぞれ下がるが、再生エネだけは約1%増えると見通している。IEAは「運転費用が安く、コロナの感染拡大による影響から最も回復力がある電源が再生エネだ」と高く評価する。
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- 再生エネ導入に積極的な欧州は、新型コロナ後の景気回復に再生エネの普及拡大などのグリーン政策を打ち出している。日本は3月末に温暖化ガス削減目標の据え置きを決めた。再生エネ拡大に向けた具体的な施策は議論の俎上に載っていない。エネルギーを巡る世界の変化に取り残される可能性もある。
一読してお粗末な記事だ。「再エネがコロナ禍で強みを発揮し、シェアを拡大した」というのはミスリーディングである。現実は出力調整のできない太陽光や風力と行った変動型電源が政府の施策によって優先される一方、コロナ禍により、全体の電力需要が低下したため、化石燃料電源の発電量とシェアが低下したに過ぎない。
またIEAは再エネシェアが拡大したことを手放しで喜んでいるわけではない。中山寿美枝氏の5月22日付けの論考「IEAのGlobal Energy Review 2020注2) 」においては「再エネは、そのシェア上昇によりエネルギー自給率を上昇させる点ではセキュリティ向上に資するが、一方で新たな問題も生じる。変動性の風力・太陽光の割合が増加するにつれて、柔軟性(「しわ取り」の能力)のニーズは増加する一方で、それを提供する制御可能な火力発電所、系統連系線は運用が難しくなる。残余需要の低下から運転中の火力発電所の数は減り、提供できる短期柔軟性の量も減少する。また、電力会社の経済性悪化により休止した発電所の維持および必要時の再起動の費用負担、老化していく送電線、配電線の更新、増強の投資は、深刻な懸念となっている」というIEAの問題提起が紹介されている。上記の記事にはこうした点への理解が全く見られない。
欧州の環境派はグリーンリカバリーの中で化石燃料企業、インフラに対しては一切の支援をストップすべきであると主張している。電力需要減退の中で再エネのシェアが拡大し、苦しい経営の中で化石燃料火力の稼働率を落とし、再エネのしわ取りを強いられている電力企業も彼らの論法に従えば支援対象外ということになろう。しかしそれでは電力システムが崩壊してしまう。
「再エネ電源が安くなり、市場が再エネを選ぶようになった。パラダイムシフトが起きている」という議論がよく聞かれる。「市場が再エネを選ぶ」のではない。「市場が政府の施策によって再エネを選ばされている」に過ぎない。そうではないというならば、FITもFIPも今すぐ停止してみればよい。市場が再エネを「選ばされる」代償は補助金コストとして最終消費者が負担することになる。
6月7日付のBloombergにGermany’s Green Energy Costs Are Becoming Unaffordable という記事が出た注3) 。環境関係者が称賛してやまないドイツの苦しい事情を扱ったものだ。ドイツでは電力需要の低下、化石燃料価格の大幅低下、運転費ゼロの再エネの大量導入により卸売電力価格が1月以降、20%以上低下した。しかし、最終消費者はそのメリットを享受するどころか、卸売価格の低下により賦課金負担は拡大しているのである。2020年の賦課金負担は262億ユーロに達するといわれている。増大するエネルギーコストが経済に与える悪影響が懸念され、メルケル政権は先般の1450億ユーロの経済パッケージのうち110億ユーロを2021年の再エネ賦課金負担軽減にあてる予定だ。
杉山大志氏は6月4日付の「経済回復に再エネが有害な理由」注4) において変動型再エネ施設と従来型発電施設のkwh価値、kw価値の性格の違いをわかりやすく解説しつつ、再エネ拡大論に釘をさしているが、加えて化石燃料価格の低下によるFIT賦課金負担増大も深刻な問題だ。一人当たり10万円給付とか電力料金の支払い猶予といった緊急避難的措置がとられている一方、さらに電力料金を引き上げるような施策を推進することは不適切である。
メディアのエネルギー環境関連の記事の中には基礎的なリテラシーを欠いたものがままみられる。とりわけ政治家、官僚、ビジネスマンの読者の多い日経新聞がこれでは困る。日経新聞も設備利用率を意図的に無視して「原発1基分に相当するメガソーラー」といったミスリーディングな記事を出してきた前科もある。もっと勉強してほしいと思う。