社会的厚生を考える
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「EPレポート」からの転載:2020年4月1日付)
米国の電気自動車(EV)メーカー、テスラの先行きは悲観論もあるが、量産車「モデル3」の販売は、米国、欧州、中国の3大市場で好調だ。2019年の販売実績では欧州と米国で一位。中国でも今年1月、一位になった。同社は米ネパダ州とニューヨーク州、中国上海にギガファクトリーと呼ばれる工場を持ち、4番目の用地として昨年11月にベルリン郊外の300haの土地を4000万ユーロで買収した。
米国の独立記念日に合わせた21年7月4日の生産開始を目標に着工する計画だったが、独環境団体から森林伐採禁止を求める訴訟が起こされた。テスラのCEOイーロン・マスクは伐採1本につき3本の植林を行う意向を表明したが、裁判所は今年2月、伐採禁止の仮処分を出した。結局、3日後に仮処分は取り消され、裁判所が最終決定として伐採許可を出したので、敷地では伐採が行われ工事用送電電線の引き込みが始まった。
ベルリン・ギガファクトリー、は既存3工場を合わせた生産能力に匹敵する規模であり、電池と新型SUVを年間50万台生産し、1万2000人雇用の予定だ。旧東独地域では、大きな経済効果を生む事業は少なく、地元は大きな期待をしている。大気汚染、温暖化対策に資するEVは、欧州主要国政府が補助制度の強化を固っており、昨年から販売に勢いが出ている。
欧州委員会が打ち出した50年純排出量ゼロの目標達成にもEVは不可欠だろう。森林伐採禁止は結果的にEV製造の妨げにつながり、独連立与党からも日本の経団連に相当する産業連盟からも、独経済に寄与し、環境改善に貢献するEV製造を妨げる伐採禁止は近視眼的との批判が出た。
訴訟を起こした団体は、社会的厚生と呼ばれる社会全体が受ける効用を全く考えていないのだろう。EV生産増に伴うメリットは環境問題だけ考えても伐採により失うものより、はるかに大きい。同じように社会的厚生を無視した訴えは、日本の原発関連訴訟でも見られる。訴訟を起こす人たちは行動の前に、社会全体の効用をまず考えなければいけない。