気候モデルの選択のバイアス

北極圏の表現は改善したが、他では悪化した


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 地球温暖化予測に使用される地球気候モデル(GCM)は、観測事実に合わせてチューニングされていることは既に述べた注1)
 これに加えて、本稿では、GCMが、①注目を集めた観測事実に合わせてトーナメントのように選択されていること、②この選択の結果として、極端な気象の発生確率等の、他の重要な観測事実については却って再現性が下がるという事態が起きていた、という指摘を紹介する注2) 。 
 このプロセスがモデルの改善だったのか否かは分からない。モデルによる過去の気候の説明や将来気候の予測を読み解くに当たっては、かかる現状を踏まえる必要がある。

1.温度上昇の再現性: 北極圏では改善したが、他では悪化した

 気候モデルには、いくつかの世代がある。同論文では、IPCC第5次評価で利用された第5期結合モデル相互比較計画CMIP5(シーミップと発音する)と、その前世代にあたるCMIP3を比較している。これらは、世界の気候モデル研究者の多くが参加している(なお2021年の次期IPCC報告では、次世代のCMIP6が利用される)。
 CMIP5では、CMIP3よりも、①北極圏での温度上昇が、観測値に近い値を出すようになっている(なお、温度の変化については、「1979年から2001年の平均値」を基準として、「2002年から2011年の平均値」について検討している)。
 北極圏の温度が観測値に近づいた点に於いては、CMIP3に比べてCMIP5が改善である、と見ることができる。②しかしその一方で、他の広範な範囲においての温度上昇は、CMIP3よりも、CMIP5が観測値よりも遠ざかってしまっている(図1)。


図1 地球の温度の変化。横軸は緯度(右端が北極、左端が南極)、縦軸は温度変化。CMIP5平均(緑色)は、CMIP3平均(青色)に比べて、①北極圏(緯度Latitudeが90に近い部分)での観測値(黒実線及び破線)に近づいている。②しかし、南緯30度から北緯60度にかけてでは、むしろ観測値から遠ざかっている。

2.極端気象の発生確率は再現性が低下した

 平均気温以外にも、観測との不一致の増大が起きている。特に、人間活動への悪影響が懸念される極端気象の発生確率にもこれが及んでいる。
 極端に暑い月の増加率は、CMIP5はCMIP3よりも増加して、観測値から大きく外れてしまっている。同様に、極端に寒い月の減少率は、CMIP5はCMIP3よりも減少して、これまた観測値から大きく外れてしまっている(図2)。
(なおここで「極端」とは、1979年から2011年までの33年間で最も暑い(寒い)月から3番以内となることを指す。比較は同じ月同士でのみ行う)


図2 極端な事象の発生頻度。極端に暑い月が発生する頻度(赤)極端に寒い月が発生する頻度(青)。横軸は熱帯における頻度、縦軸は熱帯外における頻度。CMIP3(左図)では、モデル計算による頻度分布にはばらつきがあり、観測値(□と△)はその分布の中に位置している。これに対して、CMIP5では、モデル間でのばらつきは減っているが、観測値がモデルの計算結果の分布の外に出てしまっている。

 Swansonは、モデルを観測値に合わせて選択すること自体は否定しないが、北極圏における温度上昇ばかりに着目してモデルを選択することで、他の観測事実の再現性が落ちるようなことは正当化できない、モデルには多様性が必要だ、としている。
 
 以上のSwanson論文からも、モデルの結果を読み解き、また利用するにあたっては、モデルの選択やチューニングによって、そのプロセスで注目された観測データとの一致が改善した、ということを確認するだけでは、不十分なことが分かる。モデルの妥当性を検証するためには、モデルの選択やチューニングの対象となっていない、他の観測データの再現性についても確認することがまずは必要である(それとて、検証として十分だという訳では無いが)。
 なおCMIP5では、極端に暑い月が観測値よりも多かったということは、CMIP5を使用した環境影響評価を読む際には、念頭に置いておく必要がある。

注1)
拙稿、温度上昇の予測は「チューニング」されている
http://ieei.or.jp/2020/04/sugiyama200403/
注2)
Swanson, K. L. (2013). Emerging selection bias in large-scale climate change simulations. Geophysical Research Letters, 40(12), 3184–3188.
https://doi.org/10.1002/grl.50562