技術進歩と不可分な人の進化
書評:ジョセフ・ヘンリック 著, 今西 康子 訳『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉 』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(電気新聞からの転載:2019年11月8日付)
なぜ人間は期待値で必ず損すると分かるバクチをするのか。なぜ宗教を信じるのか。なぜ安全な技術だとデータでは明らかでも拒絶するのか。なぜ海外で誰か飢え死にしているとテレビで見ながら、平然と食事を続けられるのか。
人間とは何か。この問いを、自然科学的に徹底的に追及した到達点がこの本だ。
動物と同様に人間も進化の産物である。その過程で、脳が大きくなり、消化器官は小さくなり、手はものを掴みやすく器用になった。この進化が他の動物と大きく異なるのは、進化が文化を生み出した点だ。つまり消化器官が小さくなることで料理道具や調理方法が発達した。手が器用になるのに合わせて、オノ、ヤリ、ナイフといった道具が生まれた。そしてそれを使いこなす過程で、より高度な思考ができる脳が発達し、調理された食べ物を食べることで、消化器官がまた小さくなり、手はますます器用になった。つまり、遺伝子と文化は互いに影響を与えながら共に進化したのだ。
遺伝子の進化の観点からは、群レベルでの淘汰は起きないという学説が支配的だった。他方、文化の進化の観点では、ミーム(言語的な意味の進化)ということが言われたが、物質的裏付けを欠いていて、議論が発散してしまった。ヘンリックはこの両者を見事に統合する。
人間の群れの社会制度は、他の群れとの競争によって進化する。群れの生存に適した社会制度は勝利をおさめ、模倣され、拡大する。このような文化進化を受けて、遺伝子も進化する。人間の子供は、だれに教わらなくても、ルールを学ぼうとし、作ろうとし、さらに人に強要し、破ると恥に感じる。このような遺伝的進化が起きた訳だ。
社会に於いて、規範を作り、それに従う傾向が遺伝的に強化されていくことで、より大規模で効率の良い社会となる。そのような社会は文化的に更に進化を遂げ、複雑な階層構造や社会分業を有するようになる。
そこでは、あらゆる技術が発達する。人類史の殆どの期間を通じて、その発達の形態は、模倣と淘汰によるものであった。つまり、先人の猿真似をすることで技術を覚え、生存に有利かどうかでその技術の普及の是非が決まった。この際、理論は全く重要でなく、間違っていることも多かった。
書評子はさらに夢想する。アジア系は筆記試験にめっぽう強く、その割に合格率が低いとしてハーバード大学が訴えられたりしたぐらいだ。一日中読み書きしても苦痛でないのは、7世紀以来の科挙による進化だろうか?
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文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉
ジョセフ・ヘンリック 著, 今西 康子 訳(出版社:白揚社)
ISBN-10: 4826902115
ISBN-13: 978-4826902113