石油元売り会社の“進化”
次世代自動車や移動革命への対応
橋爪 吉博
日本エネルギー経済研究所 石油情報センター
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年12月号からの転載)
石油元売り会社が“進化”している。業界再編で大手3社体制になった元売り各社が、自動車産業のCASE(コネクティッド化・自動運転化・シェリング・電動化)に代表される次世代自動車の開発や、MaaS(サービスとしての移動)に象徴される移動革命に対応するため、新たな試みを開始している。
すべての取り組みが成功するとは思わない。しかし、国内では、石油製品需要の長期的な減少が予想され、元売り会社に事業基盤の転換が求められる中、石油のサプライチェーンのアンカーであるガソリンスタンド(SS)網の有効活用・多機能化に向けた取り組みは興味深い。
今回は、わが国の元売り会社の次世代自動車・移動革命に対する最近の取り組みについて、紹介したい。
東京モーターショー
筆者は日曜日、数年ぶりに東京モーターショー(10月24日~11月4日)に出かけた。大手自動車メーカーのテレビCMで繰り返し紹介されているだけあって、会場の東京ビッグサイト(東京都江東区)は家族連れを中心にすごい混雑ぶりだった。
トヨタ自動車のブースには長蛇の列ができ、“入場70分待ち”という盛況ぶりだった。2019年のテーマは「オープン・フューチャー」(未来をひらく)で、電気自動車(EV)、自動運転車などの次世代自動車、将来の交通体系を展望する展示が目を引いた。
ひところのように、レースクイーンを目当てに写真を撮り歩くという光景は見られなくなり、子供向けのアトラクションやイベントが目についた。高校生以下の入場料を無料にするなど、クルマを将来利用する子供たちに幼いころから親しんでもらおうという主催者(日本自動車工業会)の狙いが表れていた。なお、今年の来場者数は目標の100万人を超え、前回比60%増加した。
出光とタジマモーターが提携
トヨタのブースの近くには、タジマモーターコーポレーション(レース用・レジャー用自動車の開発会社)のブースがあり、出光マークの超小型EV(2人乗り)が展示してあった。出光は、今年8月から岐阜県飛騨市、高山市で超小型EVを利用したカーシェアリングサービスの実証試験「オートシェア」を実施している。実証で使用している「ジャイアン」(写真1)の運転席では、子供たちがハンドルを握っていた。
開催前日の10月23日に行われたプレス向けプレゼンテーションでは、出光興産の木藤俊一社長とレーサーでもあるタジマの田嶋伸博社長、車両デザインを担当するフェラーリの元デザイナー、奥山清行氏が登壇した。三者は提携により、「新しいモビリティ社会の共創を目指す」という。
また、出光とタジマは10月1日、「次世代モビリティおよびMaaSに関する覚書」(MOU)を締結したことも紹介された。両社は、岐阜県での実証試験以外にも協業範囲を拡大し、次世代モビリティ本体や充電施設の開発、SSネットワークを活用した次世代モビリティの販売網・整備体制の構築、新しいビジネスモデルの開発を手掛けていくという。将来の移動システムを見据え、ハード・ソフト両面のプラットフォームやビジネスモデルを構築しようとしている。
タジマのブースにはこのほか、今年4月に出光と経営統合した旧昭和シェルの子会社だったソーラーフロンティアの軽量CIS太陽電池を活用したEV充電システムの提案や、出光の新素材・高機能樹脂の活用例も展示されていた。これらは、経営統合による相乗効果や社内リソースの有効活用を目指す動きであり、クルマそのものの展示とは別に注目された。
カーシェアリングの実証試験
出光が岐阜県で始めた実証試験「オートシェア」は、同社のSSを拠点に、タジマの超小型EV「ジャイアン」を使ってカーシェアリングサービスを提供するものである。実証を通して、販売店ネットワークを活用した新たなビジネスモデルを検証し、カーシェアリングを通じたMaaSプラットフォームの構築を目指す。
タジマから出光の特約店「牛丸石油」(飛騨市)に7台の超小型EVが貸与され、高山市の金融機関やホテル、飛騨市の道の駅の計5カ所をカーステーションにして15分単位で貸し出し、使い終わった後は貸出場所に返却する。土曜・休日は観光客向け、平日は主に企業向けに貸し出すことで、EVの稼働率を上げる。観光施設など13カ所の駐車場が無料で使用できる特典もある。予約システムはKDDIが提供している。
出光は「オートシェア」を商標申請中。実証でビジネス化のめどが立てば、SSネットワークを活用したビジネスモデルの1つとして、カーシェアリングサービスを全国展開する考えだ。
EVは環境性能が高く、音も静かという長所がある一方、航続距離がガソリン車と比べて短いうえ、充電時間が長く、充電インフラも十分ではないなどの短所がある。また、車体価格も高めになっている。
こうした短所も、クルマをシェアして買い物など必要なときに利用するカーシェアリングではそれほど問題にならないとみられている。主なニーズは、2~4時間の“チョイノリ”で、航続距離にして100㎞未満とみられ、貸出場所で頻繁な充電を行えば、短所をクリアできる可能性がある。EVは“チョイノリ”主体のカーシェアリングに向いていると言われている。
出光とMaaS
出光興産(トレードネーム・出光昭和シェル)は、MaaSについて「移動手段を所有するのではなく、利用するものと捉え、ICT(情報通信技術)を活用し、様々な移動手段を一つのサービスとしてシームレスにつなぐという次世代モビリティの概念」と定義している。
初歩的なMaaSとしては、乗換案内アプリがある。その乗換案内アプリの中でも最先端とされるのが、フィンランドのスマホアプリ「Whim」(ウィム)である。
Whimが通常の乗換案内アプリと異なるのは、出発点から到着点までに利用する交通機関を表示するだけでなく、予約や代金決済の機能も備えていることである。料金プランによっては、首都ヘルシンキのすべての交通手段が無制限に利用できる。
環境への配慮から公共交通機関が優先表示され、貸自転車も選択できる。また、地方での自動運転タクシーの配車も含まれているという。
日本では、トヨタ、西鉄、東急、小田急などの鉄道系アプリが先行している。ドライブを前提としたアプリではあるが、出光は、自社のホームページ上で「ドライブ・コンサルタント」サービスを提供しており、経路や所要時間が示されるだけでなく、目的地周辺の観光スポットや経路上のグルメスポットの照会などもできる。
前述した出光のカーシェアリング実証試験では、予約をKDDIのアプリで行っているが、将来的には「ドライブ・コンサルタント」をMaaS関連の情報基盤(プラットフォーム)として活用することも可能だろう。
JXTGが展開する「広島お届けカーシェア」
石油元売り業界のカーシェアリングへの取り組みは、最大手のJXTGエネルギーが先行している。
JXTGは2018年11月から、駐車場大手タイムズ24と提携し、同社のカーシェアリングサービス「タイムズカープラス」をエネオスSSで展開すべく、試行事業を千葉県流山市内のエネオスSSで始めた。
両社は、同市での試行事業を踏まえ、ほかの地域のエネオスSSで「タイムズカープラス」を展開したり、SSを活用した新たなモビリティサービスでの協業を検討したりしていくとしている。
さらに、JXTGは今年10月から、広島で法人を対象とした独自のデリバリー型カーシェアリングサービス「広島お届けカーシェア」の実証試験を開始した。
このサービスは業界で初めて、配送スタッフが広島市都心部の指定場所に車両を配送し、指定場所で車両の引き取りを行う。法人のビジネスユースを想定しているため、利用時間を平日午前9時~午後6時に設定している。当初は3台でスタートし、順次100台まで拡大していく。また、当初は無償でスタートし、2020年度からは有償化する考えだ。また、朝夕の通勤時や、土休日のプライベートユースにもサービスを提供することで、シェアカーの稼働率向上を目指す。
JXTGは、この実証試験を通じてユーザーのニーズを把握する。同時に、これらのサービスが、新たな交通サービスとして、地域交通の利便性向上に貢献できるか、社会性や経済性の観点から検証する。
コスモ「スマートビークル」
コスモ石油も、中古車売買システムなどを手がけるホームネットカーズ社と提携し、カーシェア事業の実証に向けてスマートフォンによる車の解錠システムの開発を進めている。当初、今年夏ごろのカーシェア事業開始を予定していたが、遅れているようである。
そのコスモは、自動車の所有から移動サービス利用への動きをもっとも先取りしている。同社は2011年からカーリース事業「コスモスマートビークル」を展開し、事業開始からの累計リース台数は今年6月に6万5000台を超えた。リースだけでなく、保険や整備、関連商品などを含めて相乗効果を発揮し、収益に貢献しつつあると言われている。
コスモはSS事業について、早い段階から「石油流通業からカーライフ価値提供業への変革」を掲げており、SSでカーケアサービス全般を提供することを目指してきた。
次世代自動車の展開
次世代自動車に求められる要素とされる「CASE」(図)が進展していった場合、SSに与える影響はどうなるのだろうか。
CASEとは、①インターネットにつながる車(Connected)、②自動運転(Autonomous)、③カーシェア/サービス(Sheared & Service)、④電動化(Electric)の頭文字を取った言葉である。メルセデスが2016年9月、「CASE(ケース)」と名付けた中長期戦略を発表し、業界全体に広がった概念である。
電動化の石油産業に対するインパクトは明白である。石油需要全体の約25%を占める車の燃料需要が減少し、最終的にはゼロになる可能性がある。SSで販売するものは、ガソリンから電気に移行していくことになる。
電動化のインパクトは分かりやすく、かつ非常に大きいことは容易に想像がつくが、カーシェアリングや自動運転といった自動車の使い方の変化や、移動のあり方の変化(MaaS)も、石油業界には大きな影響を与えることになるだろう。
クルマ社会にシェアリングや自動運転が普及していくと、クルマの所有が個人から法人に移っていくことが予想される。個人所有の乗用車は激減するだろう。SSにとっては、客層ががらりと変わってしまう可能性がある。
SSネットワークの活用
近い将来、自動車産業は「百年に一度」と言われる大きな変革の波に飲み込まれていくことは確かだろう。こうした流れを受け、わが国の石油元売り各社も、生き残りに向けてSSネットワークの新たな活用法を本格的に模索し始めたと言える。
SSの将来像として、JXTGは「生活のプラットフォーム」(同社の長期計画)、出光は「ライフ・パートナー」(同社販売部)、コスモは「カーライフ価値の提供」(同社プレスリリース)を目指すとしている。
EVやMaaSを敵視するのではなく、それらを自らのビジネスに取り込み、SSネットワークを活用した新たなビジネスモデル構築を目指す。そうした石油元売り各社の新たな取り組みに期待したい。
会社の進化
会社は進化していくものらしい。トヨタの豊田章男社長は2018年1月、自動車メーカーからMaaS(移動サービス)を提供する会社になる、ヒトが快適かつ自由に移動できる社会の実現を目指すと述べ、新たなコンセプトカーとしてEV「e-Palette」(写真2)を公開した。この車は、2020年の東京五輪・パラリンピックで、選手らの移動用として自動運転で運行される。
また、トヨタは同年10月、安心・快適なモビリティ社会の実現を目指し、ソフトバンクグループと共同出資会社「モネテクノロジーズ」を設立した。考えてみれば、トヨタはもともと自動織機メーカーとしてスタートした。昭和初年、将来の自動車時代の到来を予見し、自動車メーカーに脱皮した。そして今、メーカー、移動サービスを提供する会社への進化を目指している。今回の東京モーターショーでは、「e-Palette」とともに、これを小型化し、プライベートな移動空間と銘打った「e-4me」(写真3)を出展していた。
オイル・メジャー(国際石油資本)を代表するロイヤル・ダッチ・シェルも、雑貨貿易でスタートし、東洋の貝細工の貿易で財を成した。そして、インドネシア原油の欧州への輸送から、一貫操業のオイルメジャーへと成長した。ブランドマークである「貝殻(ペクテン)」には、シェルのそんな歴史が反映されている。そんな同社は今、2035年までに世界一の電力会社を目指すとしている。
わが国の石油元売り各社も、大胆な進化を遂げることを期待したい。安定的な収益が期待できる今こそ、進化を遂げる最大のチャンスかもしれない。