果たしてEVは世界を席巻するのか
製造は簡単だが、生き残りは簡単ではない
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年10月号からの転載)
地球温暖化対策上、重要なエネルギー消費部門の1つは、世界の二酸化炭素(CO2)排出量の2割近くを占める自動車輸送部門だろう。国際エネルギー機関(IEA)によると2018年のエネルギー起源CO2排出量の24%を運輸部門が占め、そのうち4分の3は自動車からの排出だ。
新興国、途上国の経済発展に伴って自動車輸送量は大きな増加が見込まれており、この部門のCO2排出削減は大きな課題となっている。対策の1つは、CO2を直接排出しない電気自動車(EV)の導入だ。中国は、販売台数の一定割合をEVなどの新エネルギー車(NEV)にする規制を導入。欧米では排ガス規制の導入が進んでいる。
2018年のプラグイン・ハイブリット車(PHEV)を含むEVの導入台数は、中国市場で100万台を超え、世界では200万台に近づいた(表)。
しかし、EV市場の先行きは不透明だ。中国では今年からNEV規制が本格導入され、補助金制度と相まってEVメーカーが乱立することになり、現在500社近くもある。一方で、米中貿易摩擦の影響による中国自動車市場の縮小と、EV購入に対する政府補助金の減額の影響で、中国のEV市場には不透明感が漂ってきた。生き残れるメーカー数は現在の10%以下との見方も出ている。
米国のEVメーカー、テスラの量産車「モデル3」の生産は順調になってきたが、同社は相変わらず赤字が続いている。米国のEV市場はテスラの増産分だけ伸びているが、それほど大きな広がりは見せていない。
オバマ前米大統領時代に導入された、連邦政府の排ガス規制についてはトランプ政権が緩和の姿勢を見せており、連邦政府の政策がEV導入を後押しすることは期待薄になってきた。
欧州連合(EU)では、排ガス規制値を厳しくすることによってEV導入を促す政策がとられているが、現状では市場の伸びは大きくない。その理由の1つとして、所得との関係が指摘されている。1人当たりの国内生産額(GDP)とEV導入率との間には明確な相関関係があるとされる。1人当たりのGDPが大きくない国は、EV購入に対する補助金などの支援策を用意することは困難だ。
メーカーの淘汰を進める中国
自動車産業はすそ野が広くて雇用も多いため、多くの新興国は自動車産業を育てようと注力している。中国も例外ではないが、部品数の多い内燃機関の車で欧州、日本並みの高品質車を生産するには時間がかかる。部品数が少ないEVであれば、中国企業も比較的簡単に製造技術を取得できる。
中国政府は今年から、年間3万台以上の内燃機関の車を製造あるいは輸入する国内メーカーを対象にNEV規制を本格導入し、各社は販売するNEVの乗用車に関しクレジットを獲得することが可能になった。そのクレジットを販売台数に対し、2019年は10%、2020年は12%を達成することが義務づけられた。
クレジットは車の性能に応じて付与される。例えば、PHEVなら1台2クレジット、航続距離が150~250kmのバッテリーを搭載したEVであれば3クレジットが与えられる。目標値達成が難しい場合は、他社から余剰のクレジットを購入し達成することになる。
さらにインセンティブとして、EV購入に対する補助金制度も導入され、EVメーカーが乱立することになった。しかし、米中貿易摩擦の影響で景気が減速する中、EVの販売も想定されたほどの伸びを示さなくなっている。
中国政府は、EVメーカーの淘汰を図るため、航続距離250km以下のEVについては購入補助金を打ち切り、それ以外の車は50%削減することにし、6月26日から実施した。今年前半のEV販売台数は63万台だが、後半の販売は影響を受けそうだ。
さらに中国政府は、EV製造を許可する条件も設定し、研究開発費と過去の販売実績が少ないメーカーは淘汰される見込みだ。また、EVメーカーは市場からの資金調達も厳しくなっている。
米国の排ガス規制緩和とEUの規制強化
米国ではオバマ政権時、全米の排ガス規制値強化が決定された。しかし、自動車業界団体からの陳情もあり、トランプ政権は排ガス規制値強化を見直し、2021年の規制値37マイル/ガロン(約15.7km/ℓ)を25年まで据え置く方向だ。エネルギー産業を支持基盤に持つトランプ政権は、排ガス規制強化によるエネルギー消費削減、EV導入には熱心ではないのだろう。
一方、EV導入に熱心なカリフォルニア州は、ホンダ、フォード、BMW、フォルクスワーゲンとの間で、2026年の排ガス規制値50マイル/ガロン(約21.3km/ℓ)を自主目標とすることで合意した。4社は不透明な状況は望ましくないと考え、トランプ政権よりも厳しい規制値に合意したと報じられている。
EUでは、2030年までの排ガス規制値が決まっている。2021年の乗用車の目標値CO295g/km(24.4km/ℓ)が25年81g(28.7km/ℓ)、30年59g(39.4km/ℓ)と強化される。
主要メーカーの2017年の排出状況は図の通りだ。2030年の規制値達成に向けてEV導入目標も定められており、フランス、英国などが内燃機関の自動車の将来の販売禁止を決めている。
EVが新車販売の46%に達するノルウェーの1人当たりGDPは7万3200ユーロだが、EVシェアが0.2%とEU加盟国中もっとも低いポーランドの1人当たりGDPは1万2900ユーロだ。欧州自動車工業会によると、1人当たりGDPが2万9000ユーロ以下の国のEVシェアは1%に届かないが、3万5000ユーロ以上の国は3.5%以上ある。低所得国でEV導入が進んでいない。
EVの導入が進まないのは、所得以外にも理由がある。1つは充電設備の整備状況だが、さらに大きな問題は補助金制度だ。欧州の西側諸国でEV導入が進んでいる国は購入補助金も充実している。補助金がない国でも税額控除制度などを導入しているが、EVに対する補助制度が整備されていないポーランド、リトアニア、エストニアではEVシェアは0.5%に届いていない。EU内でEVの販売台数を大きく伸ばすには、購入支援策なども必要になってくる。
中国、米国、EUともEV導入を進めるには解決すべき課題があり、導入が一直線に進むとは思えない。自動車メーカーも市場の状況をみながら、内燃機関の改良を行うのか、EVや燃料電池車に一層力を入れるのか、難しい判断を当面迫られることになりそうだ。