石炭のポテンシャルとトランスフォーム
藤木 勇光
一般社団法人環境政策対話研究所、一般社団法人地球温暖化防止全国ネット 理事
( 月刊「電気現場」からの転載:2019年1月号 )
近年は天災が多く、去年もまた地震や豪雨災害等が多い年だったと思います。そして、エネルギーを考える時、最近まで普通に使用されることが少なかった「脱炭素」との言葉を良く見かけるようになりました。国のエネルギー基本計画でも当たり前に使われるようになり、社会の意識変化の速さと広がりを実感することになりました。更に、電気事業に関しては、地震によるブラックアウトや再生エネルギーの系統接続抑制等が大きな話題となり、電力ネットワークにも注目が集まっています。
こうした社会意識の急速な変化は、災害の発生増が示す地球環境問題の深刻さや、パリ協定の発効とこれを踏まえた日本政府の国際公約等を背景にするものと認識しますが、メディア報道も大きな影響力を持っています。脱炭素の方向に社会が変化していく必要性は高まっているし、その方向性は間違いないと感じています。そして、パリ協定と同時期に国連が採択したSDGsにおいても、チェンジではなくトランスフォームの単語が使われていて、大きな新しい社会変革が求められているとの認識があります。
しかし、大きく変わるという方向性は了としながらも、そのプロセスや物事の進め方の議論や、それに関する報道については違和感を覚えることが少なくありません。それは、地球環境問題を踏まえて二酸化炭素の排出抑制が必要であり、これが重要な課題になっているということと、化石燃料をどのように使っていくべきかという議論は、多様な観点から総合的に、よく検討すべき問題ではないかと認識しているからです。単に「二酸化炭素の排出=止めるべき。従って、化石燃料からの脱却が急務」、「早くしないと、バスに乗り遅れる」的な、短絡した論調や短兵急に結論を急ぐ意見があることには、警戒が必要だと感じています。
石炭は世界に広く賦存し、カロリーあたりの価格が低廉なエネルギーですから、今後も途上国の発展に伴って、その消費が増加すると予測されています。同時に、石炭は炭素の塊で二酸化炭素の排出強度が高いので、その利用にはより効率的で排出抑制に寄与する技術の適用が求められます。そこで、日本政府は、日本の高効率石炭火力プラントをパッケージにして、途上国を初めとして広く輸出促進する方針を掲げています。
手前味噌ですが、J-POWERは大型輸入炭火力のパイオニアとして、石炭火力発電技術を磨いて来ました。約40年前に運転開始した松島火力と新鋭火力を比較すると、約2割効率が向上しています。また、中国電力と共同で実証試験を進めている酸素吹き石炭ガス化技術では、更なる効率向上が見込まれていて、同じ量の電気を発電する際に排出する二酸化炭素量を更に少なくできます。当該技術にシフト反応を組み合わせることによって、水素製造に道を拓くことも期待されています。また、酸素吹きガス化技術や石炭の酸素燃焼技術は、排気ガスのボリュームを小さくできたりCO2濃度を高めますから、CCS技術(二酸化炭素回収貯蔵技術)と相性がよいという利点があります。
CCS技術は、化石燃料発電のゼロ・エミッション化のキーとなる技術です。この技術は、二酸化炭素を回収して凝縮し帯水層と呼ばれる地層に埋め戻す技術ですが、埋戻しについては石油掘削等で実用化されている既存技術の応用との理解が一般的で、技術的課題よりも、適切に貯蔵できる地点の調査選定がキーポイントになると言えそうです。
勿論、脱炭素に向けて再生可能エネルギーの拡大も推進されるべきです。ただ、再エネは、エネルギー密度が低く、その拡大には広い土地が必要となりますし、出力が気象に左右されやすいため、これらを安定的に活用するためには、電力系統における需給調整力とのマッチングが必要です。これまでは、揚水発電や火力発電がそうした調整機能を担ってきました。需給調整については、バッテリーや水素利用(水の電気分解等)技術の活用が提案されて新たな取り組みも始まっていますが、技術課題もまだありそうです。そういう不透明な状況の中で、「石炭関連技術=ダイベストメントの対象」といった見方が一般化しつつあるのはとても残念です。グローバルな経済・社会の成長と地球環境問題のバランスを考える上では、化石燃料のゼロ・エミッション化を進め、今世紀後半における炭素中立を目指す技術開発は、むしろ促進されるべき有効な選択肢のひとつではないかと思います。
様々な分野でトランンスフォームが求められる時代ですが、社会や経済をクラッシュさせるわけにはいきません。石炭ガス化技術とCCS技術を組み合わせる新技術は、将来、電力会社を電力供給事業だけではなく、多様な需給調整サービスや電力以外の価値供給をも担う会社にトランスフォームするかも知れません。経済・社会・環境の多様な側面から、総合的かつ未来志向で考えて、着実に新たな技術開発や社会変革を進めていくことこそが、持続可能な社会を形成するためのトランスフォームを、できるだけソフトランディングさせていく道を開くものではないかと感じています。