瑞浪超深地層研究所・地下500mの世界を体験(2)

~「地層処分を考える」フィールドワーク~


国際環境経済研究所主席研究員

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 前回、「瑞浪超深地層研究所・地下500mの世界を体験(1)~「地層処分を考える」フィールドワーク~」において、研究所の視察の概要を紹介した。続いて、視察後に実施した、地層処分の将来安全性に関するグループワークの様子をお伝えしたい。

(ⅲ) 地層処分の将来安全性についての研究

 グループワークの冒頭、京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻注1)の佐々木隆之教授に、東濃地科学センターと共同で進めている地層処分の将来安全性についての研究の概要について、紹介していただいた。
 地層処分の考え方は、放射性廃棄物の地下深くへ「隔離」と「閉じ込め」であり、放射性物質(核種)が人間の生活環境に長期にわたり影響を及ぼさないようにすることである。廃棄物から地下水に核種が溶け出し、どの核種がどの様な状態で、どの位の量で地表に出てくるかを言い当てることで安全性を評価する必要がある。あらゆる地下環境での核種の振舞いを予測する計算式(モデル)を作るために長年研究を進めている。
 原子力発電では、ウランを燃やすと核分裂により、アクチノイド(図の周期表の赤枠箇所の核種)や核分裂生成物(図の周期表の青枠箇所の核種)が発生する。このうち、プルトニウムを含む、赤枠のアクチノイドを研究対象としており、これは日本でも数少ない研究である。

図1 廃棄物に含まれる元素

図1 廃棄物に含まれる元素

 図2は、高レベル放射性廃棄物のガラス固化体1本あたりの放射能が、時間の経過とともにどう変化するかを示したものである(縦軸:1本あたりの放射能[Bq/本]、横軸:時間[年])。例えば、セシウムは放射能の半減期が30年なので、数百年後には大きく低下する。1,000年後になお残る核種は主にアクチノイドであり、これらの地下水中での性質を調べている。
 具体的には、もしアクチノイドが高レベル放射性廃棄物から地下水に溶け出し、そのまま地下水に乗って流れるのであれば、地下水の動きだけを予測し、いつ、どの位、地表に上がってくるかを計算すればよい。しかし、実際は、地下水に溶けている色々な成分との化学反応や、岩石表面との相互作用が絶え間なく起こる。加えて、アクチノイドは、滞留した深部地下水にガラス固化体から溶ける量が限られる(溶解度とよぶ)。こうした一連の事象を一つ一つ網羅的に実験しながら、理論的に予測するモデルの構築を目指している。
 研究は、実験室および地下研究所の両方で実施すべきである。実験室で蓄積した知見をもとに考えたモデルが、実際の地下環境に当てはめてみて妥当か確かめることが重要である。そこで、地下水に溶けている天然のアクチノイドの濃度を調査し、構築した数学モデルで説明可能かを検証している。説明できたもの、まだ十分とは言えないものがあり、それぞれの要因を分析して次の課題を見出し、地道にひも解く作業を進めている。

図2 ガラス固化体1本あたりの放射能の経年変化

図2 ガラス固化体1本あたりの放射能の経年変化

 このように、実験室での基礎研究は、複雑な化学反応を構成する、一つ一つの反応に関する知見の信頼性向上に重要であり、同時に、机上の予測モデルの妥当性を検証できる地下環境での研究は欠かせないものである。

(ⅳ) テーブル対話:地層処分を考える

 佐々木教授の研究紹介の後に、「地層処分って何?(2)」で紹介した「誰がなぜゲーム」を実施いただいた関西学院大学社会学部の野波寛教授注2)と、佐々木教授を囲んで、若手参加者たちとのテーブル対話を実施した。
 まず、野波教授のテーブルでは、「地層処分について無関心な人々に、関心を持ってもらうためには、どうすればよいか」との質問に対し、参加者からは、「自分にとって影響があると思ってもらう情報発信が大事」、「例えば、米軍基地に関しても、本土の人の方が無関心層の割合が高いなど、物理的な距離も、関心を持たない理由の一つではないか」といった意見が出た。野波教授からは、「メリットが見えにくいことが難しい要因の一つ。普段は気にしていないけれど、なくなると困るものを想像してほしい。例えば、水道。日本ほど水道インフラが整った国はないが、その背景には、確立された技術があり、人的資本があり、制度があり、その元手には国民の経済的負担がある。水道をひねる時、普通はそこまで考えないのかもしれないが、これを失ったらどうなるか、と常に考えることが大切。」とコメントした。
 次に、佐々木教授のテーブルでは、冒頭、「科学的特性マップ」について、「好ましくない要件・基準」は、様々な専門家の長年にわたる議論がベースになっており、マップ策定のためだけに蓄積されたデータに基づくものではないことを紹介いただいた。続いて、参加者から「処分後数万年以上におよぶ将来の様々なリスクや不確実性をどう考えていくべきなのか」という問いかけがなされた。佐々木教授は「私の研究を例にとれば、客観的な事実・データに基づいて、将来その時々に起こることを計算する一方で、その不確実性をできるだけ抑える努力が必要である。また、地質や気候変動などの自然現象は、過去の事実から数万年先を予測することであり、これらも不確実性を伴うし、将来を確実に実証することは不可能である。さらに、滅多に起きないであろう事象は、その被ばく線量や発生確率をもとに考えたりする。専門家は数値としてこれらを扱うが、国民の不安や疑問がこの説明をもって直ちに解消されるほど簡単ではない。」と説明した。
 最後に、全体を通じて、佐々木教授は「地層処分を考えるうえで、社会学と理科の両輪の要素が不可欠。また、地層処分の内容理解もさることながら、緻密に研究し、知見を積み上げている人たちが多くいることも知って頂けるとありがたい」と、野波教授は「客観的リスクをはじき出すことが理科の立場であり、その客観的リスクを受け止めることができない人間が、どのように物事を理性的に受け止めて判断するかを研究することが、社会心理学の立場。その両輪が一体とならないと、地層処分の問題はなかなか解決しない。より多くの人達が、日常的にその情報に触れていくことが一番大事。」と締めくくった。
 今回は、大阪から日帰りでの視察であったため、最後のテーブル対話には十分な時間が取れなかった。しかし、参加者からは、「佐々木先生と直接話せたことはとても貴重な経験になった」、「不安とリスク評価を結びつけることは難しく、技術的な見解をいかに分かりやすく情報公開できるかが重要だと認識した」、「専門家の先生がリスクを数値化しても、一般の人からの理解を得られるとは限らない。地層処分の大変さを改めて感じた」と、それぞれに新たな気づきを得たとの声があった。
 地層処分に関する一連のアクティブラーニングを通じて、社会科学的アプローチと、科学的アプローチの両方が不可欠であることを実感した。まず、数万年後のリスク評価に向けて、緻密な研究を追求する佐々木教授のように、多くの技術的な知見の積み上げがあるということを、認識する必要がある。加えて、科学的見地から示されたリスク評価について、より多くの方々から理解を得るためには、専門的知識を持たない前提でも内容を把握できるような丁寧な説明が不可欠である。この点、今回の一連の研修の実施にあたり協力いただいた、原子力発電環境整備機構(NUMO)注3)の今後の取組みにも注目したい。関西経済連合会 地球環境・エネルギー委員会では、若い世代の方々を対象として、一人一人が、エネルギー・環境政策の諸問題について、自らの意見を持てるよう、今後も議論の場やフィールドワークが提供される予定とのことである。

注1)
研究の詳細は、核材料工学研究室のホームページを参照されたい。
http://www.nucleng.kyoto-u.ac.jp/Groups/Gr2/index.htm
注2)
「誰がなぜゲーム」をはじめとする野波教授の研究は、研究室のホームページを参照されたい。
http://soc-kg.jp/cms/
注3)
活動の詳細は、NUMOのホームページを参照されたい。
https://www.numo.or.jp/