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── ハイブリッドアプローチを採るパリ協定を維持する観点から考える


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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パリ協定成功のためのエッセンス

 話を科学(IPCC)から政治(UNFCCC)に戻そう。2015年8月、故・澤昭裕国際環境経済研究所長(当時)と有馬、手塚、竹内の3研究員で、「COP21─国際交渉・国内対策はどうあるべきか」と題した緊急提言注4)を取りまとめた。この緊急提言については今後のパリ協定に関する国際交渉や国内対策の議論においても有用であるのでぜひ皆様にもご一読いただきたいが、その中でも、パリ協定成功のための重要な要素と筆者らが考えたのが、状況変化に応じた目標の柔軟な見直しを認めることであり、それによって参加へのハードルを下げ、各国が参加し続けることが必要だと述べた。
 米国の政権交代を例に考えてみよう。トランプ政権が採り得る選択肢は今のところ下記の三つに整理できる。第一が気候変動枠組み条約からの離脱であり、これはすなわちパリ協定からの離脱という公約も同時に達成することを意味する。第二がパリ協定からの離脱であるが、ブッシュ政権が京都議定書から離脱した時の轍を踏まぬよう、議会の判断に委ねその意思により離脱を決定すると想定される。大統領の行政判断によって離脱すれば政権交代により覆されてしまうからだ。第三がパリ協定に残留した上で目標の引き下げを行うというものだ。オバマ政権での目標の決め方について、米国産業界のなかにも「それはブラックボックスの中」、「政府と産業界はこの目標に関してNo consultation(協議していない)」と批判的な声があったことは以前別の論考で紹介したが注5)、こうした声を背景にオバマ政権のプロセスの不透明性を批判し、改めて目標を決め直す可能性はあるだろう。
 もちろん、パリ協定に残留し目標もそのまま維持したうえで特段達成の努力は行わないという選択肢もあり得るが、そうなるとクリーン・パワー・プランの差止に関する訴訟等においても、国際的な姿勢と国内政策との不整合を批判的に捉えられてしまうだろう。選挙キャンペーン中に掲げた公約を全く無視することにもなるので、この選択肢が採られる可能性は極端に低いと考える。
 第三の選択肢が残されているのは、パリ協定が柔軟性を有した仕組みだと考えられるからだ。実はパリ協定が策定される交渉において、2℃目標を達成するには現在の各国による貢献では不十分であるとして、レビューを通じた目標見直しの際、「野心のレベルを引き上げる」という一方向の見直しのみしか認めない「no-backsliding」(後退禁止)条項を挿入しようとする動きがEUや島嶼国を中心に存在した。目標を徐々に引き上げていくことが望ましいことは議論するまでもないが、中長期的に目標をレベルアップさせていくことと、短期的な時間軸において経済状況や自然状況の変化による起伏を認めないこととは別問題である。また一度約束草案を出したが最後、レビューの際に上方修正しか認めないということになれば、目標値に下限値として法的拘束力を持たせることと同義である。
 パリ協定4条11項注6)は基本的には目標の引上げを求めるもので、引き下げという選択肢はないと解釈する向きもあるが、少なくとも明示的な後退禁止とはなっていない。もし後退禁止条項が書き込まれていたら、アメリカは第三の選択肢は採り得ず、条約あるいはパリ協定を離脱する可能性が一気に高まっていたことだろう。
 このように柔軟性のない制度にしてしまえば、パリ協定のトラックから脱落していく国を増やす結果となり、枠組みとして持続可能なものでなくなってしまう。パリ協定は発効済みではあるが、その仏に魂を入れるルール策定の議論はまだ始まったばかりなのである。

交渉の風景

 2018年のCOPでパリ協定実施指針の採択に至るためには、今年のCOP終了後にはそれまでの議論を踏まえてテキスト案が作成される必要がある。そのためにそろそろ議論を具体化させねばならないが、雲行きははなはだ怪しい。
 ウィーンで開催されたエネルギーフォーラムに出席したついでに、5月8日から約2週間ドイツのボンで開催された補助機関会合(パリ協定特別作業部会第1回会合第3セッションおよび第46回科学技術的助言に関する補助機関会合、第46回実施に関する補助機関会合)を覗いてみたが、相変わらずの交渉の構図があった。これは機会を改めてまた詳述したいが、簡単に概観だけ述べる。
 最近は中国が温暖化対策に積極的な姿勢に転じた印象をお持ちの方も多いだろう。例えば今年1月スイスで開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)に中国の国家主席として初めて出席した習近平氏は、その演説の中で気候変動対策の重要性にも言及し、称賛を浴びた。選挙キャンペーン中気候変動問題の存在そのものを否定してきたトランプ大統領の発言とはっきりとしたコントラストを醸し出したのは確かだが、交渉現場での中国の発言を聞く限り、中国が温暖化対策において世界のリーダーシップを取ろうとしているようには見えない。テーマによっても対応が異なるが、緩和あるいは透明性については特に、従前通り先進国と途上国の二分論を主張している。


写真1/COP23 の会場ともなるドイツ・ボンのWorld Conference Center。非常にコンパクトな会場であり、COP23 の参加人数は相当絞り込まれるとのアナウンスが事務局よりなされた。
(筆者撮影)

 米国や日本、豪州はこれまで通り、目標の定量化や比較可能性を重視し、安易な先進国と途上国の二分論によって提供すべきデータに差異を設けるべきではないことなどを主張しているが、パリ協定についてのスタンスを決めきれない米国は交渉団の規模も1/3程度まで縮小されており、発言力が弱まりつつあることは否定できないだろう。現在は協定に留まる可能性もあるので、米国が受け入れられない線は守るべく発言はしている。例えば先進国のNDCには適応・支援も含めるべきとする主張や、透明性に関して先進国と途上国で明確な差異を設けようとする主張には明確に反対の声を挙げているが、今後国連気候変動交渉の場で米国がどれほどの存在感を持つかは不透明だ(追記:5月27日日本時間21時過ぎ、トランプ大統領が「パリ協定に関するスタンスは来週決定する」とコメントした。本誌発行のころには決定していると思われる)。日本、豪州、NZなどこれまで米国と歩調を合わせて交渉に臨んできた国には特に、交渉戦略の練り直しが求められるであろう。パリ協定はまだ生まれたばかり。育つかどうかは今後の議論にかかっている。


写真2/補助機関会合最終日。まだ各国とも様子見といった感で、熱の入らない会合であった。
(筆者撮影)

注4)
「COP21─ 国際交渉・国内対策はどうあるべきか」(国際環境経済研究所 澤昭裕、有馬純、手塚宏之、竹内純子)
http://ieei.or.jp/2015/10/sawa-akihiro-blog15100802/
注5)
「COP21 パリ会議を振り返ってー交渉結果のポイントと今後の展望」竹内純子
http://ieei.or.jp/2016/02/takeuchi160218/
注6)
“ A party may at any time adjust its existing nationally determined contribution(NDC) with a view to enhancing its level of ambition.”