“Bridge to the Future”(その1)

最近の「石炭火力」論議を巡って


電源開発株式会社 顧問

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“Bridge to the Future”

 筆者が社会人としてエネルギーの仕事に携わるようになった約 40 年前、世界は「石油危機」の最中であった。未曾有の危機の時代にあって、産業界も学会も行政も政界も、挙げてエネルギーセキュリティを求めてさまざまな研究、政策検討がなされていた。その中に「石炭の再評価と活用」があった。一つの研究プロジェクトとして米国原子力委員会の初代事務総長のキャロル・ウィルソンが世界の識者を集めて包括的な石炭活用検討スタディを行った。その報告書が 1980 年に発表され“Coal – Bridge to the Future”と題された注1)。石炭は「つなぎ」であった。では本来期待されるエネルギー(the Future)とは何だったのか?そのときの the Future とは「高速増殖炉」であり 2000 年には実現できると期待されていた。・・・・・その 2000 年はとうに通過したが高速増殖炉はいったいどうなったのか。
 我々は今また、地球環境危機という未曾有の危機の時代にある。今、期待されている“the Future” はなんであろうか?「再生エネルギー」か?「省エネルギー」か?「天然ガス」か?今回も石炭ではないことだけは確かである。
 「石炭悪者論」がかまびすしい。「気候変動問題」は極めて重要で深刻な問題であり、石炭がそこで「悪者」たり得ることも否定しない。しかし世の中は「善悪二元論」や「勧善懲悪論」で解決できるわけでもない。そもそもものごとは存在そのものに「善悪」が宿っているわけではなく、薬と同じように、使い方次第で毒になったり薬になったりする。石炭が時代時代にさまざまに活用されてきたことにはそれぞれに理由がある。40 年間電気事業、特に石炭火力による発電事業に携わってきた一人として、世間ではあまりとりあげられていないと心配している若干の論点を示して、諸般の議論に供したい。
 石炭火力そのものの中味の話しというよりは、それがどこでどういう状況の中でどういう働き方をしているか、また、させるべきかというものになる。話の大きな切り口として、

  • 「電力システムと石炭火力」
    石炭火力が仕事をする電力システムという職場の性質からその仕事の意味を問うという切り口
  • 「資源バリューチェーンと石炭火力」
    電力システムという職場はその上流の資源バリューチェーンがあって初めて成り立っている職場なので上流側を含めたバリューチェーンの中で意味を問うという切り口
  • 「気候変動問題と石炭火力」
    言うまでもなく今、石炭火力にとっての最大のチャレンジであり、これ抜きに石炭を語ることはできない。
  • 「金融制約の動き」
    金融機関における石炭排除へ向けた最近の新しい動きについて考えてみたい。

 なお、会社の見解ということではなく、個人の見解として述べさせていただく。

電力システムと石炭火力

政策実施上の重要な舞台
 電力システムはエネルギー形態の変換部門(一次エネ→二次エネ)であり、石炭、天然ガス、石油、ウラン、水力、地熱、風力、太陽光、等の多様な天然原料から電気という使い易い二次エネルギー商品に変換・料理する。利用できる原料の代替性が非常に幅広いという特徴がある。そしてできた商品(電気)は均質で汎用性が高い。灯りとしてはもちろん、熱源としても、動力源としても使え、かつ緻密な制御がし易く、安全性が高い。
 こうした原料の代替性の幅広さと製品(電気)の汎用性が、国家・社会の政策を考える上で、(環境対策上も、エネルギーセキュリティ上も、外交政策上も、いろいろな脈絡で)常に非常に重要な任務を電力システムに与えることになる。

上流側を併せた戦略が必須
 およそ商品一般について、貯蔵性と輸送性は商品のあり方の根本要素であり、これが容易であるほど商品性(コモディティ性)が高まる(究極は貨幣)。電気はこのコモディティ性の相当対極側にある。
 「電気は貯蔵しにくい」と言うと、「そんなのは古い感覚だ、今は技術が進歩している」と言われることがあるが、他の一般の商品と較べれば格段に貯蔵しにくい。電気は貯蔵の制約が大きいため、その品質(周波数)を保つために需要(負荷)と供給を瞬時にバランスさせることが求められ、そしてその太宗を現在は発電側の供給(出力)の調整によって行わなければならないということがどうしても重くつきまとうことになる。従って、電気そのもので貯蔵することの苦しさをクリアーするために、上流側(燃料)での貯蔵代替といったことを含めて、広い範囲にわたる仕掛けと工夫が必要となり、言い方を替えれば大きなチームとしての仕事振りが求められてきた。

 輸送特性もまた商品の性格に決定的な影響をもたらす。

図

 一般的にエネルギーの輸送は、電気での輸送より燃料での輸送の方が一桁コストが安い。また、燃料の輸送の中でも陸上での輸送より海上での輸送の方が更に一桁安い。この「桁違いの差」のイメージは一般にはあまり持たれていないかもしれない。ちなみに、「アジアスーパーグリッド」のような海を渡る国際電力連系が良く話題になるが、これは言うは易く行うは難しの典型の一つと感じる。電気より上流側の燃料で連携した方が遥かにコスト効果が高い。(また更に言えば、電気を使って製造した製品でという意味で、電気より下流側での輸送の方がコスト効率が高いことが多い。)

地政学を帯びたチームプレー
 この貯蔵制約と輸送制約が、元々の天然資源が地理的にばらついて賦存していることと相まって、電気事業に強い地域特性をもたらし、エネルギー政策に優れて地政学的な考慮要素をもたらすことになる。こうして、国毎に地政学的事情を反映した電力システムのチームが編成されることになる。
 そしてそのチームの中に万能選手はいない。電力システムでは、原子力だけではプレーできない。再生可能エネルギーだけでもプレーできない。もちろん石炭火力だけでもプレーできない。ベースロード電源、ピークロード電源、予備電源、アンシラリー電源注2)等、そして送変電ネットワークを含めた強靭なチーム構成が必要である。
 日本の地政学によるチーム編成での各プレーヤーの得手不得手の一端を石炭火力で見てみると、石炭火力はベースロードを効率よく供給できる(変動費が小さく且つ安定して出力が出せる)。ただしこの能力は原子力より劣る。また、石炭火力はミドルロード電源としても使える。ただしこの能力は LNG 火力より劣る。
 チームプレーのロジックはまた、各電源の経済性評価にも根本的に関係してくる。よく一般の人から聞かれることであるが、「どの発電方式が安いか?」という質問にはなかなか一言では答え辛い。端的な話し、例えば揚水発電にはそもそも「発電コスト」が存在しない。むしろ電気を消費している側なので・・・。しかしこの揚水発電をチームのメンバーとして迎えることで、チーム=電力システム全体のコストを下げている。石炭火力の経済性も基本的には同様の構造にあり、敢えて一般的に言えば、日本ではベースロードとして使えば LNG 火力より安いが、ミドルやピークロードとして使えば LNG 火力の方が安い。

注1)
Wilson, Carroll L. (1980) Coal-Bridge to the Future, Report of the World Coal Study, Cambridge, MA: Ballinger Publishing Co.
注2)
電力システムの周波数維持や瞬動予備力などの機能を有する電源

次回:「”Bridge to the Future”(その2)」へ続く