2050年のエネルギーを考える思考実験
── 宮古島「すまエコプロジェクト」にみる電化の流れ
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
しかしエコキュートが大量に導入されたときに生じる新たな課題もある。エコキュートは深夜電力料金の適用される時間帯においてお湯を沸きあげるよう調整する機能を持つため、大量に導入されれば明け方頃に電力需要が急増することとなる。それが系統最大電力を超過すれば停電につながりかねないし、火力発電機の起動停止が必要になれば大きなコスト増要因となる。蓄エネ機器の導入により負荷率を向上させ電力供給コストの低減を図るというプロジェクトの趣旨にそぐわない事態が懸念される。エコキュートの稼働がコントロール可能でなければ導入の意味が薄くなってしまうのだ。
そのため「すまエコプロジェクト」では現在、エコキュートの制御性について実証実験を行っている。制御指令のプログラミング、適切な機器稼働タイムシフトの検討(需要家間の公平性の担保等)、制御のための通信コスト低減に向けた仕様設定など、様々な検討が行われている。現在は夜間時間帯におけるタイムシフトを優先するが、今後太陽光発電の余剰電力によって昼に稼働させることも検討されるという。あわせて導入バリアを低減させるための購買システム構築やリース制度の検討、さらには施工コスト低減に向けた検討も進められている。通常15万円程度かかる施工費を5万円まで低減させるため、3名1チームで1日に2台の施工を目指している。こうした検証によって得られた知見を含み、ほぼすべてのノウハウを公開していることもこのプロジェクトの優れた点だろう。
IoTを活用してエコキュートの稼働を自在にコントロールすることができるようになれば「すまエコプロジェクト」で得られた知見を日本全体で活用することも実現するのではないだろうか。平成26年3月現在、エコキュートは日本全国で500万台設置されており、750万kW(1台あたりの消費電力を1.5kWとした場合)の電力を調整できるポテンシャルを有しているのである。「エコキュート2.0」の開発に期待したい。
すまエコプロジェクトの課題
「すまエコプロジェクト」について特筆すべきは、社会コストの低減を目的に掲げていることであろう。長期的・経済的に安定したエネルギー構造や社会システムを目指すために、FITや公的補助金を利用せず、あくまで民間事業として需要家がその負担と意思で蓄エネ機器を導入することを前提としている。これから日本のエネルギーが向き合う「五つのD」の変化要因に持続可能な形で対応していくにはいかに社会コストを低減できるかがカギとなるのであり、補助金頼みではなく消費者がメリットを感じ選択することが重要だ。
しかしこのプロジェクトにもまだ課題は多い。最大の課題は蓄エネ機器導入を推奨し、そのコントロールを行うエネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス(ERAB事業)をどうマネタイズするかであろう。社会として蓄エネ機器を持つことによるメリットをどう価値化するかという課題ともいえる。実際にエコキュートが大量に導入され、系統負荷率が向上するといったメリットが出たときに、従来型電力事業者(送配電事業者)とその価値をどのように分け合い、消費者に還元していくかの検討はまだこれからだ。
条件変化にも柔軟に対応せねばならない。沖縄電力では現在全供給エリアで共通の料金メニューを提供しているので、宮古島でも時間帯別料金メニューを申し込めば深夜電力料金は11.8円/kWhで供給される。これを前提とすればエコキュート導入のコストメリットは大きいが、このような料金設定がいつまでも維持されるものでもない。
さらに、導入の障壁をどう低減するかも重要である。エコキュートの価格は22~25万円/台程度まで低減したとはいえ、ガス給湯器と比べれば7~10倍程度である。さらに宮古島ならではの導入バリアが存在する。宮古島は地下水を汲み上げて利用しているが、石灰岩質の地層であるため硬水となり、軟水器を導入しなければ水のミネラル分によりエコキュートの細管が目詰まりを起こしてしまう恐れがあるのだ。1台15万円程度とされる軟水器を導入し、メンテナンス(軟水機能再生に必要な塩を定期的に投入する。月1,500円程度)を行わねばならないとすると、需要家にとっては導入のハードルはさらに上がる。メンテナンスを含んだリース制度なども提供することで、消費者サービスを充実させなければ大量導入は期待しづらい。
電化による省エネ・CO2削減は世界の潮流
こうした課題はあるが、「離島オール電化」ともいうべき「すまエコプロジェクト」が全国から高い関心を集めているのは、電化による省エネ、CO2削減が今後世界での潮流となることが明白だからであろう。
現在、需要側で消費するエネルギー(最終エネルギー消費)は電力が25%、燃料が75%である(図1)。
電源の低炭素化が進み、仮にすべてCO2フリーの電源に置き換わったとしても、日本全体で削減できるのは最終エネルギー消費で25%に留まる。残りの75%を占める燃料の非化石化を進める必要がある。
しかしながら現在、化石燃料を代替する非化石燃料は、カーボンニュートラルのバイオマスや紙パルプ・鉄鋼の製造工程などから生じる副生燃料(黒液や副生ガス)などに限定される。政府は水素の活用も視野に入れるが、CO2フリー水素の実現は国のロードマップでも2040年以降であり、現実的な削減ポテンシャルを期待するのは難しい。需要家側で消費するエネルギーを一次エネルギーから二次エネルギーに転換することが必要であり、低炭素化のカギは「供給側の脱炭素化」を前提とした「需要側の電化」にあるといえる。米国電力研究所が示した2050年に米国の温室効果ガスを70%削減する低炭素シナリオでは、電化の促進により電力需要は43%増加し、石油やガスの消費量を大きく抑制することとされている(図2)。
また、東京電力ホールディングス株式会社経営技術戦略研究所が行った試算によれば、電化率が最も進んだケースでは、2050年度のわが国の総電力需要は約1.3兆kWH、現状比約30%増加する。これだけ電化が進み、かつ、電源構成が再エネ+原子力(68%)、LNG火力(32%。なお、熱効率は50%と仮定)となれば、CO2排出量は、現状比約▲75%にすることが可能だという(図3)。もちろんこれは再エネだけでなく、原子力というもう一つの有力な低炭素電源の維持が必要であることは論を俟たないが、「供給側の脱炭素化」と「需要側の電化」を車の両輪として進展させることに成功すれば「2050年80%削減」というビジョンに向けて大きく前進することとなる。
需給両面に関わる脱炭素化に向けた様々な技術のブレークスルーが必須であり、クリアすべき課題は多いが、すまエコプロジェクトのような現場に根差した検証の中に、ブレークスルーの種があるのかもしれない。