トランプ大統領のエネルギー政策が始まった


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

印刷用ページ

 トランプ政権では、エネルギー・環境政策は最優先事項には含まれていなかった。そのため、大統領就任直後の大統領令で触れられたのは、経済、貿易、雇用、移民に係る事項が中心だったが、就任後1カ月が経ちエネルギー・環境政策も少しずつ政権の話題になることが増えてきた。
 トランプ大統領が大統領選時に触れていたエネルギー政策の目標は、敵対する可能性のある国にエネルギーを依存しない、即ちエネルギー自給率100%だった。そのためには化石燃料生産への支援が必要になる。さらに、製造業の雇用を重視することから、競争力のあるエネルギーコストも当然目標になる。アメリカ第一のエネルギー政策であり、目標実現の施策は、市場重視、補助金非依存だ。
 2月中旬から、徐々にエネルギー政策の具体策が明らかになってきた。2月末の時点までに明らかになった具体策を説明しておきたい。2月末の新聞報道でも、また2月28日に行われた議会演説でもトランプ大統領は「石炭産業の労働者」に対する感謝を表明し、石炭産業への規制撤廃に触れたが、大統領が感謝したのはアパラチア炭田の炭鉱夫だ。
 トランプ大統領が生まれたのは、オハイオ州、ペンシルバニア州両州において2012年の大統領選時と異なり、共和党が勝利したからに他ならないが、この両州での勝利には炭鉱労働者と関連産業の票が寄与している。この辺りの話は、wedge Infinityの連載のなかで「トランプ大統領で得をする日本企業は」として触れたので是非お読み戴ければと思う。
 トランプ大統領は、石炭関連規制の撤廃に既に踏み切っている。オバマ前大統領の政権末期には内務省、環境保護庁などは大統領交代により方針が変わることを予想し、相次いで新法、あるいは法改正を行った。例えば、内務省は湧き水に関する規制を強化し、露天掘り炭鉱からの剝土処理の規制強化を行った。環境保護庁は、自動車の排気ガスの規制(CAFE)を定めてしまった。証券取引委員会は、米国企業が外国政府に支払った探査、鉱業権に係る資金を公表することを義務付ける法を導入した。
 米国では、省庁が定めた法を法施行後一定期間以内であれば、議会が不認可にする議会評価法がある。現時点では昨年の6月13日以降に施行された法が対象になる。議会評価法により不認可とするためには大統領の署名も必要となり、大統領が拒否権を行使した場合には、議会はさらに3分の2の承認で以て大統領の拒否権を覆すことが必要だ。施行された法を議会評価法により無効にするにはハードルが極めて高かったが、大統領が変わり事情は変わった。共和党が議会で議会評価法に基づき法を無効にすれば、大統領は喜んで書名する。
 まず、2月14日に大統領は、外国政府に支払った探査、鉱業権に係る資金を公表する法を無効にすることに同意し、署名した。2月16日には湧き水保護法を無効にする書類に署名した。署名式には炭鉱夫、産炭州の両党議員が集まった。今後、環境関連法が無効化される可能性もありそうだが、CAFEは詳細な検討に基づき規則が定められており、簡単に議会評価法を適用することが難しいのではないかと見られている。
 パリ協定では、米国は2005年比2025年に温室効果ガスを26%から28%削減する目標を持っている。この目標達成の中心になる政策は、CAFEと発電所からの二酸化炭素排出量を規制するクリーンパワープラン(CPP)だ。運輸部門と発電部門を合わせると、の通り、米国の二酸化炭素排出量の7割近くになる。

 2015年に策定されたCPPでは、環境保護庁は47州(火力発電所がないワシントンDCなどは対象外)の2030年の削減目標を定め、各州は2018年までに具体的達成方法を作成することになっている。現在、CPPの有効性を巡る訴訟が行われており、その結果が出るまで法の施行を一時停止する仮処分が行われているが、裁判結果にかかわらずトランプ政権下でCPPが実行されることはないと考えられる。
 石炭生産は、の通り大きく減少しているが、その理由はシェール革命により価格が大きく下落した天然ガスとの価格競争のためであり、温暖化対策が原因ではなかった。トランプ大統領が目論む石炭生産増は可能だろうか。詳しい話は連載をしている月刊「地球環境とエネルギー」の4月号をご覧戴きたいが、この欄でも今後の進展について触れていきたい。

記事全文(PDF)