米国大統領選挙に揺れたCOP22を振り返る
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
COP22の動き
COP22の交渉自体は粛々と行われた印象を持つ。しかし会場の主役はやはりトランプ氏であった。会場のそこここで、米国の動向に関する勝手な見立てが飛び交っていた。米国から参加している人は繰り返しトランプ氏の政策に関する質問を受けたのだろう、ホテルから会場までタクシーを相乗りした米国・シアトル出身の女性はこちらが何かいう前に、「もうこの話をするのはうんざりなんだけど、多分あなたも関心があると思うから話すわね」と、トランプ氏が大統領になった場合懸念される事項をまくしたてた。
会場では、ミシガン大学教授や学生などが急きょトランプ政権後の米国の環境政策について議論するワークショップを開催したり、「We are still in(我々米国はまだパリ協定にいる。すなわち、離脱はさせないという意思表示であろう)」というNGOのデモンストレーションが行われたりしている。
そのような中、会期第2週の半ばにオバマ政権の交渉団として現地入りしたケリー国務長官は11月16日に行った演説において、「トランプ政権の政策についてはコメントする立場にない」としながらも、国民の温暖化対策の必要性に対する理解も進んでおり、国民は温暖化対策の推進を望んでいる、米国では州ごとの温暖化対策なども相当程度進められていると演説して会場の拍手を浴びた注10)。また、2050年に向けた長期目標を発表し歓迎されたが、111頁にも及ぶこの長期目標が余命2か月であることは動かしがたい現実であろう。
また米国の別の交渉官は、パリ協定は発効済みであり、京都議定書のときとは状況が異なるとコメントした。しかし冷静に考えれば、そのコメントが空虚であることは明らかだ。確かにパリ協定は発効済みであるので、そこから離脱しようとすれば4年という歳月を必要とする。しかし気候変動枠組み条約は、成立から3年以降であれば脱退通告し、1年で離脱することが条文上可能であり、当時の米国議会もそれを踏まえた上で批准を承認している。根っこから離脱してしまう可能性も考えられる。
米国関係者の前向きなコメントを拍手をもって歓迎する会場の関係者は、精神安定剤となる予定調和的なコメントを期待しており、米国交渉団はその期待に沿ったコメントをしたに過ぎないというのが筆者の受け止め方である。
日本はこれからどうすべきか
こうした米国の姿勢の変化を受けて、日本はどうすべきか。トランプ氏の政策はまだほとんど明らかにされておらず、必要以上に右往左往することは生産的ではないし、悲観する必要もない。まずは冷静にトランプ氏の政権運営を見守ることが必要だ。そもそも、日本がやるべきこと、やれることが変わるわけではない。そのうえで、日本政府および産業界に求められることを、これまでの経緯と現在の状況を踏まえて必要な視点を整理したい。
(1)ルールづくりへの積極的な貢献を
パリ協定の詳細ルール(通称ルールブック)は2018年までの間に策定されることが決まった。パリ協定の肝は透明性かつ実効性あるレビューシステムと評価手法の確立にあり、ここに日本の産業界の自主的取り組みの知見を提供することが求められる。その点はこれまでも繰り返してきた通りであるが、さらに今後具体的な削減を可能にしていくためには、産業界が業種ごとに連携して削減に取り組むセクトラル・アプローチが有効に機能する可能性を指摘したい。日本は今から10年ほど前にセクトラル・アプローチの有効性を主張したが、タイミングが早すぎたのだろうか、国際交渉の場で受け入れられなかった。しかしそのコンセプトは、技術の実態を把握している業界ごとに各国産業界が横断的に連携し、削減に取り組むことを奨励するものであり、国連の政府間交渉よりも実態的かつ有効な対策として機能する可能性がある。日本は京都議定書採択の当時から、トップダウン・アプローチの限界を懸念し、ボトムアップ・アプローチを主張していたのであり、そのコンセプトを実現したパリ協定が発効したこのタイミングにおいて、再びセクトラル・アプローチを提唱してみるべきではないか。
(2)技術開発に対する貢献
トランプ政権誕生による影響は、米国の排出削減努力が野心的なものにならないということだけでなく、低排出技術開発への投資停滞が懸念される。条約事務局の報告によれば、各国がカンクン合意の下で提出している2020年までの排出削減目標とパリ協定に提出する目標がすべて達成されたとしても、2℃目標は達成しえない。気候変動へのチャレンジには、革新的な技術開発を必要とすることがパリ協定の条文の中にも謳われているのである。
日本政府が数年前から主催しているICEF(Innovation for Cool Earth Forum)のような場を拡大発展させ、技術開発で世界に貢献していく姿勢を見せる必要があるだろう。
(3)エネルギーミックス達成にまずは努力
国際交渉への貢献以前に、まず自国の取り組みを着実に進めなければならない。日本の2030年26%削減目標はエネルギーミックスの達成が前提となっているが、省エネの進展や再エネの導入拡大などすべての面においてそれが容易ではないことは、本誌への寄稿でも指摘してきた通りである。
特に厳しいのは、事業環境が非常に不透明な状況に置かれている原子力であろう。既存の原子力発電所の再稼働に向けても、新規制基準のクリア、地元合意の獲得、そして訴訟といった複数のハードルが存在する。自由化した市場においては原子力のような莫大な初期投資を必要とする電源の新設・リプレースにチャレンジする事業者は存在しなくなる。全面自由化した上で、2030年以降も日本が一定程度の原子力を必要とするのであれば補完策が必要だ。こうした議論から逃げずに取り組むことが求められる。
その際必要な視点として、エネルギー政策は国家の安全・経済の根幹にかかわる問題であることを改めて指摘したい。
石炭も天然ガスもふんだんに自国に産出する米国において、トランプ氏は「エネルギー独立」を掲げ、自国の化石燃料活用に加え、原子力をサポートする姿勢を示している。欧州委員会が2014年に発表した「Energy Union」からは、EUのエネルギー自給率が47%であること、EUのうち6か国はたった1か国(ロシア)の天然ガスに依存していること、欧州の平均的なエネルギー価格が米国よりも30%程度高いことによる産業競争力への影響などに対して、強い懸念が示されている。英国メイ政権の新たな施政方針には気候変動対策への言及はほとんどなく、関心が低下しているとされるが、来年イタリア、ドイツ、フランスなども選挙を迎える中で、自国のエネルギー安定供給・安全保障と安価なエネルギーが優先される風潮は拡大していくだろう。その良し悪しは議論しても意味がないし、ここでは触れない。しかし、各国の政策プライオリティが自国第一主義に回帰していくなかで、わが国はどう生き残りを図っていくべきなのか、より深い議論が求められる。