いよいよ始まる国際航空分野の排出量取引
二国間クレジット制度で獲得した排出枠の買い手に
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2016年11月号からの転載)
国際線の航空機を対象にした排出量取引がいよいよ開始されることになりそうだ。8月下旬に開催された国際民間航空機関(ICAO=日本を含む191カ国が参加する国連専門機関)の非公式会合で、国際線航空機を対象にした二酸化炭素(CO2)排出量の割り当て制度の概要が決まった。欧州諸国、米国、中国、日本などがすでに制度への参加を表明している。
詳細は、カナダ・モントリオールで開催される総会(9月27日~10月7日)の結果を待つ必要があり、本原稿を書いている時点でその結果は分からない。ただ、大筋については非公式会合でほぼ見えてきているので、今までの経緯を踏まえて制度の影響を考えてみたい。
海運、航空の国際運輸部門は、どの国の責任か見えにくいこともあり、気候変動枠組み条約(UNFCCC)参加国の排出量算出の対象外になっている。国際海運の場合は、税の関係で便宜置籍船(船主の所在国とは異なる国家に船籍を置く船)が普通に利用されているうえ、実質的な船主の国と他国との輸送だけでなく第三国間の輸送も多く、排出に関する責任の所在が把握しにくい問題がありそうだ。一方、航空機は、拠点としている国と他国を結ぶルートが大半で、その責任の所在は海運よりは明確と言えそうだ。
国際海運、国際航空部門のCO2排出量は年間約11億トンで、世界全体の排出量の3%程度のシェアを持つ。その排出量は年々増加し、無視できない数字になってきている。両部門の国連専門機関では、高効率エンジン、新技術、バイオ燃料の導入、運航効率化など排出抑制のための議論が行われてきた。
そうした状況のなか、航空機に排出量を割り当て、排出量取引の対象にしようと目論んだのが欧州連合(EU)だった。2005年にスタートしたEUの排出量取引制度(EUETS)は甘い割り当てが行われたことや、リーマン・ショックによる不況もあり、排出枠に対する需要は低迷した。需要を作るため、EU内を離発着する航空機に排出枠を割り当てようとEUは考えたのではないだろうか。
航空業界と温暖化問題
世界の航空旅客数は1970年に3億1000万人、80 年6 億4000万人、95年13億人、2010年26億人、15年34億人と10~15年間で倍になる勢いで成長してきた。この間、航空エンジンの効率改善が進められたものの、航空機からのCO2排出量は増加した。
国際海運および国際航空部門のCO2排出量は、図1のように推移している。世界の航空部門の2015年のCO2排出量(国内輸送含む)は7億8000万トンで、世界の総排出量の2%程度のシェアとなっている。今後は年率3~4%程度の割合で増加するとICAOは予測している。
航空機のエンジン効率は図2のとおり、他の交通機関との比較で大きく改善しているが、それを上回る大きな成長が予測されるため、CO2排出量は増加する見通しだ。
航空エンジンは燃料の燃焼によりCO2を排出するが、エンジンから排出される水蒸気も飛行機雲となり、大気放射に影響を及ぼし温暖化を引き起こす効果があると考えられている。さらに窒素酸化物(NOx)も排出されて対流オゾンの増加を引き起こし、温暖化に寄与するとされている。
国際航空部門で温暖化対策を実施するため、経済的な手法を含めてICAOの場で議論が行われてきた。
一方、EUは2005年、CO2を対象に排出量取引を開始した。エネルギー多消費型の1万を超える事業所に枠を割り当て、排出量に応じて枠の売買ができる制度だ。
大規模な排出量取引制度は、米国が1990年に改正された大気浄化法に基づき石炭火力発電所の硫黄酸化物(SOx)とNOxを対象に導入し、成功した。米国にならい制度を導入したEUだったが、SOx、NOxと情報の対称性が異なるCO2では、割当量から排出枠価格の想定を行うことが困難なため、EUETSでは価格が低迷し、技術革新などによる排出削減努力に結びつかなかった。
低迷する排出枠価格へのテコ入れのためか、EUは2008年、EU域内を発着する全ての航空機を対象に2012 年から排出枠を割り当て、EUETSの対象とした。2012年に2004~06年の平均水準の97%、2013年以降は同95%を割り当てることを決めた。この決定は米国、中国などから大きな反発を招いたが、2012年から制度がスタートした。
ところが、ICAOが経済的手法による国際線航空機の排出量抑制の検討を始めたことから、EU域外とEUを結ぶ航空機については2016年末まで対象外とすることをEUが決定。EU内を発着する航空機のみをEUETSの対象にすることになった。
国際線の排出量取引制度
ICAOの非公式会合で提示された原案に対し、参加各国が行なったコメントをもとに総会で議論が行われるとみられる。原案に示された概要によると、航空機からの排出量を2020年以降は同年と同じレベルに抑制することを目的に、2021~25年を第1段階として取り組みを始める。
第1段階では、2018年の国際有償キロ・トンのシェア1%以上の国が対象となり、2026年以降の第2段階では0.5%以上の国まで含まれる。ただし、最貧国、内陸部の途上国、島嶼諸国は対象外とされる。
利用可能な排出枠は、京都議定書で利用されたクリーン開発メカニズム(CDM)、途上国支援につながるパリ協定に基づいた市場メカニズムとされている。航空業界から途上国への支援資金が期待されていたが、実現しそうな雲行きだ。
原案に対し、米国、中国、インド、ロシア、メキシコ、アフリカ諸国など多くの国から修正案が提示されている。各国から出された修正案は、試行段階を設ける、あるいは第1段階の期間を2026年までにするなど細かい点で異なるが、第1段階を自主参加期間にすることで共通している。総会の結果、試行期間が設けられ、第1段階は自主参加期間となる可能性が高い。
2021年からの第1段階は、自主ベースの国際排出量取引が行われる可能性が高いが、日本企業に大きなインパクトを与えることになりそうだ。パリ協定の第6条2項と同3項には市場メカニズムが定められており、日本が途上国で推進している二国間クレジット制度(JCM)もその対象になると理解されている。
多くの日本企業が政府の助成を受け、途上国でJCMプロジェクトを手がけているが、今までの懸念は獲得した排出枠の買い手不在だった。国際航空分野で排出量取引が始まれば、買い手候補が登場する可能性もあり、JCM推進に弾みがつくだろう。無論、排出枠の購入金額は航空代金に転嫁される可能性が高いことから、航空運賃の値上がりという負の面には気を付ける必要がある。