パリ協定発効を踏まえて考える日本の貢献
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「環境管理」からの転載:2016年11月号)
昨年のCOP21で採択されたパリ協定は、各国の批准手続きが順調に進み、COP22の開催を前に発効することが確定的となった。COP22で「第1 回パリ協定締約国会議(CMA1)」が開催されることになるため、日本も早期に国会承認を得るべく議論を急いでいる(本稿執筆時において)。今後わが国は2030年26%削減という目標達成に向けた議論を加速すると同時に、途上国での削減および適応策に適切に貢献していくことが求められる。パリ協定に提出した自国の削減目標を達成に向けて努力することはもちろん、隔年報告等によって途上国への貢献についても明らかにしていくことが義務付けられているからだ。
COP21 あるいはその後の特別作業部会での議論をみても、途上国が適応策への支援に対して特に強い関心を抱いている中、改めて適応策に対する貢献のあり方を考えることが必要であるし、わが国の企業が持つ技術で、途上国の適応策に有効なものも多い。相手国のニーズを的確に把握し、多様な技術を組み合わせることなどで気候変動適応策としてストーリーを描き「見える化」していくことができれば、途上国政府とのB to Gのビジネスが拡大することも期待しうるだろう。インドネシアの適応計画やそこで展開する日本企業の貢献の事例を概観し、これまで削減策への貢献と比較して議論が十分ではなかった、適応策への貢献について考える。
パリ協定発効 日本は“乗り遅れ”か
本年9月3日、米中両政府がパリ協定を批准し、10月4日には欧州議会がパリ協定をEUとして承認することを可決し、早々に批准書を提出することを明らかにした。「締約国55か国以上、締約国の排出する温室効果ガスが世界全体の55%以上」というパリ協定の発効要件を満たすことが明らかになり、30日後の11月4日にはパリ協定が発効する。昨年12月のパリ協定採択から1年足らずで発効が確定し、11月7日から18日にかけて開催されるCOP22で「第1回パリ協定締約国会議(CMA1)」も行われることとなる。
CMA1には、パリ協定締約国でない国はオブザーバーとしての参加になる。具体的な制度設計について公式に意見をいう機会がなくなることが懸念されるとして、日本の「乗り遅れ」を懸念する声が強い。事ここに至れば様子見をする意味もなく、早期に批准手続きを進めることが期待されるため、政府も臨時国会での議論を急いでいる(2016年10月14日時点)が、一方で、乗り遅れと騒ぎ立てる根拠も薄弱だ。パリ協定のルールについてはUNFCCCの全締約国で案を策定する作業を行うのであり、パリ協定締約国会議(CMA)はそれを決定する場であるから、そもそもその案ができていない現状において、CMA1 で実質的な議論が大きく進展することも考えづらい。2016年5月に開催された補助機関会合でも、締約が間に合わなかった国への配慮は議論されている。CMA1 で実質的な議論が大きく進展することも考えづらいからだ。締約国によるセレモニーに参加できないということがあったとしても、それが「交渉での存在感」ではないだろう。
そもそもパリ協定とは(構造の整理)
COP22 の論点を考える前に、パリ協定の構造を簡単に整理しておく。
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- 全体の長期目標( 産業革命前からの温度上昇を2℃未満に抑制)に向けて、各国が自国で決定する「貢献」を提出。
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- 長期目標達成に向けた進展を5年ごとに確認(グローバル・ストックテイク)。確認する内容は、緩和だけでなく、適応や支援など全てを含む。
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- 各国の貢献は、グローバル・ストックテイクをもとに提出しなおす。なお、目標を設定し提出することや、達成に向けて努力することが義務であり、達成そのものは法的義務ではない。
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- 途上国の温暖化対策を支援するため、先進国は資金支援を実施。当面、年間1,000 億ドルの資金動員という目標を維持し、2025年までに、現在の目標を下限とする新たな目標を決定。
一部の先進国に対して削減を法的に義務づけた京都議定書と異なり、全員参加を可能にするため、目標の設定・提出や達成に向けた努力は求めるものの、達成を法的義務とはしていない。こうしたプレッジ・アンド・レビュー方式において実効性を高めていくためには、透明性あるレビュープロセスによって、各国に適切にプレッシャーを与えていくことが必要となり、その詳細なルール設計は今後の交渉に委ねられている。
今後の国連気候変動交渉における論点
しばしば「パリ協定は温暖化対策として実効性があるのか」という質問をいただくことがあるが、現段階では「わからない」としか答えようがない。前項にて述べた通り、法的義務による拘束力ではなく、透明性あるレビューを行い適切なプレッシャーをかけることで実効性を高めていく仕組みなので、各国の対応に差が出ることも想定される。
隔年で実施される各国の進捗報告に正確性と透明性を持たせるとともに、5年ごとに実施されるグローバル・ストックテイクの実効性を高め、各国の適切な努力を引き出せるかがカギとなる。
隔年報告についてはそもそも先進国と途上国で扱いが分けられ、先進国は削減に向けた取り組みだけでなく、途上国にどれだけ支援したかについても明らかにすることが求められている。途上国の削減・適応に対する支援についても報告することとされたのは、それだけ途上国の関心が高いからにほかならない。歴史的なパリ協定採択後初めてとなった5月の特別作業部会でも、排出削減について議論すべきとする先進国と、適応策や資金や技術などの途上国支援に関心が高い途上国との間で恒例の「アジェンダ・ファイト」が展開したことは、排出削減の努力だけでは国際交渉における存在感は得られないことを示している。筆者はこの温暖化交渉においてしばしば安易に使われる「存在感」という言葉は好きではないが、日本の貢献のあり方について改めて考えるべきであることは確かであろう。
日本の貢献を考える── 適応策にどう取り組むか
京都議定書の残像にひきずられてといったら言い過ぎかもしれないが、わが国で温暖化対策を議論すると、排出削減、特に自国の削減をどう図るかに関心が集まりがちになる。
2016年9月号の本誌「電力の低炭素化をどう図るか ── 自主的枠組みへの期待と課題」にて指摘した通り、2030年26%削減という目標の前提であるエネルギーミックス達成も相当困難であることが見通される中、わが国の目標達成に向けた議論も加速させねばならないが、途上国での削減および適応策に適切に貢献していくことも先進国として果たさなければならない義務とされている。パリ協定が定める隔年報告等によって途上国への貢献についても明らかにしていくことが求められることから、わが国も貢献の「見せ方」を考える必要があろう。
途上国では限界削減費用の低い削減策がまだ多く、発展の早い段階で省エネ技術を導入すれば大幅な削減が可能であることから、これまで日本は、得意とする省エネ分野で途上国の排出削減に貢献することを目指して、二国間オフセット・クレジットメカニズム(Joint Crediting Mechanism:略称JCM)等さまざまな検討を進めてきたが、気候変動の影響をうかがわせるような災害の激甚化や様々な気象の変化によって、適応策へのニーズが高まっている。わが国では、途上国での適応策への貢献について、削減策ほど検討がなされてきたとはいいがたい。途上国の排出削減や適応を支援することを目的に、COP16で採択されたカンクン合意によって設立が決定したGreen Climate Fund(緑の気候基金)でもその資金の半分を適応に利用することが定められているなど、削減と適応は等しく重要であるとされているのであり、今後途上国の適応策への貢献について、どのような視点で取り組んでいくべきであるのか、インドネシアを例にとって検討し、整理したい。