トランプ政権誕生に備えた思考実験(その2)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
サルコジ前大統領の炭素関税論
前回、「トランプ政権の下で米国のエネルギー・温暖化政策はどうなるか」において、「環境関係者の間で、高い野心を掲げた国々で有志連合を作り、温暖化対策コストを払っていない米国からの輸入に炭素関税、国境調整措置を課するべきとの議論も出てくるかもしれない」と書いた。
案の定というべきか、14日付けの報道で、来年のフランス大統領選への出馬を表明しているニコラ・サルコジ前大統領が、「欧州が域内の企業に課している環境ルールを米国が適用しないならば、米国からの全ての産品に1-3%の炭素関税をかけるべきだ」と発言したというニュースが流れた注1) 。
サルコジ氏が炭素関税に言及するのはこれが初めてではない。2009年のCOP15が大失敗に終わり、中国の消極的対応が国際的に問題になった際、フランスは国連交渉がうまくいかないならば、温室効果ガス排出削減のための有志連合を作り、アウトサイダーからの輸入に炭素関税を課するとの議論を展開したことがある。その際の想定されたターゲットは中国であったが、今回は米国というわけだ。
炭素関税論はワークしない
この議論はパリ協定離脱を公言するトランプ次期大統領に怒り心頭に達している環境関係者から喝采されるかもしれない。しかし筆者はこのアイデアはワークしないと思う。
第一に「米国がパリ協定に参加しない」ことをもって1-3%の炭素関税を課するというロジックが不明確である。トランプ次期大統領は連邦所有地を開放し、シェールガス生産を推進するとしている。これにより、引き続き米国の発電部門で石炭からガスへの転換が進む可能性がある。米国で石炭が不振になった理由はクリーンパワープランよりもシェールガスとの競争が主因というのが大方の見方だ。したがって米国の温室効果ガスはオバマ政権の目標ほどは下がらないとしても、現状より更に削減される可能性がある。他方、中国は2030年排出量ピークアウトを目標として掲げている。換言すれば、温室効果ガスはそれまで増大するということだ。温室効果ガスが増大している国に関税を課さず、減少している国に1-3%の関税を課すというロジックには理解に苦しむ。
第二に、そのような一方的措置を課せば、ただでさえ保護主義的な傾向が強いとされるトランプ政権は間違いなく報復措置を講じ、EUと米国の間の貿易戦争に発展する可能性が高い。EUと米国の関係は温暖化防止だけで規定されるものではない。欧州はロシアへのガス依存を低下するため、米国からのシェールガス輸入に期待をかけている。更にトランプ政権との間では、NATO、ロシア、中東、テロ等、多くのイシューで新たな協力関係を構築しなければならない。しかも安全保障面では米国が欧州を失うよりも欧州が米国を失うことの方がデメリットが大きいだろう。そうした中で米国狙い撃ち的な施策を講ずることが可能だとは思えない。
第三にEU内でもコンセンサスが得られない可能性が高い。英国、ドイツはもともとこうした保護貿易主義的措置には批判的であった。またポーランドやハンガリーのように温暖化対策に慎重な東欧諸国が炭素関税論に歩調を合わせるとは思えない。ハンガリーのオルバン首相のようにトランプ次期大統領にあからさまな親近感を示す首脳もいる。百歩譲ってEUで合意が出来たとしても、EUと離脱交渉中の英国は同調しない可能性が高い。むしろEUと差別化した対応をすることで米英の特別な関係を強化しようとするだろう。EU以外の地域がEUの一方的措置に追随するとも思えない。
事実、サルコジ発言の直後、欧州委員会のカニエテ環境担当委員やドイツのヘンドリックス環境大臣は、「欧州は排出量取引を志向しており、炭素税は考えていない。米国からの輸入を狙い撃ちするような施策は考えていない」と発言している注2) 。サルコジ前大統領は中道右派の共和党(UMP)の中でアラン・ジュッペ元首相、フランソワ・フィヨン前首相と大統領選に向けた指名争いを繰り広げており、米国に対する強面の政策を打ち出すことで支持を広めたいという思いもあるのだろう注3) 。
欧州の出方は引き続き要注意
COP22ではオランド仏大統領が「自分が皆を代表してパリ協定からの離脱を思いとどまるよう米国新政権を説得する」と発言した。パリ協定を作り上げたフランスがトランプ氏の言動に気分を害していることは理解できる。その際、何らかのレバレッジがほしい。サルコジ前大統領の炭素関税論はそのアイデアの一つなのだろうが、上記のように実現可能性は低い。しかし、米国がエネルギーコストの低下をひたすら目指す中で、欧州が野心レベルを更に引き上げれば、米国との競争力格差は更に拡大することになる。欧州にとっては頭の痛いことだろう。次に考えることは、欧州だけが負担増をこうむらないよう、米以外の先進国、主要途上国との間で目標を引き上げに向けた共同戦線を張ろうと言う事かもしれない。前回の投稿で書いたようにG7、G20をそのためのツールとして考える必要もある。いずれにせよ、欧州の「あの手この手」には十分注意して臨む必要があるだろう。
- 注3)
- 11月20日の指名投票でサルコジ前大統領はフィヨン前首相、ジュッペ元首相に破れ、政界を引退すると表明した。