トランプ政権の下で米国のエネルギー・温暖化政策はどうなるか


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 米大統領選当選でドナルド・トランプ氏が当選したことは世界中を驚かせた。そのマグニチュードは本年6月の英国のEU離脱国民投票の比ではない。選挙キャンペーン中のトランプ氏の過激な言動や公約が、大統領就任後、どの程度実行に移されるのかは未知数である。しかし確実に言えることは米国のエネルギー温暖化政策が大きく様変わりするということである。

1.国内エネルギー生産の拡大、安価なエネルギー価格が中核

 トランプ氏のエネルギー政策の中核は国内エネルギー生産の拡大と米国のエネルギー自給の確立である。彼の「米国第一エネルギー計画(An America First Energy Plan)」注1) は以下の公約を列挙している。

米国のエネルギー自給の確立、数百万の雇用創出
50兆ドルにのぼる米国のシェール、石油、ガス、クリーンコール資源の開発
OPECカルテルや米国の利害に敵対する国々からの輸入を不要に
連邦所有地(陸域、海域)のエネルギー資源開発への開放
排出削減、エネルギー価格の低下、経済成長につながる天然ガスその他の国産エネルギー源の使用を促進
オバマ政権の雇用破壊的な行政措置を全て廃止し、エネルギー生産への障壁を削減・撤廃することにより、年間50万人の雇用創出、300億ドルの賃金引上げ、エネルギー価格の低下を図る

 またトランプ氏はAn American First Energy Plan の中で、オバマ政権の「反石炭的な規制」を引き継ぐクリントン氏を強く批判している。
 トランプ氏が10月に発表した「米国を偉大にするための100日行動計画(100-day Action Plan to Make America Great Again)」注2) では「米国の労働者を守るための7つの行動」の中で上記のエネルギー資源開発の促進に加え、「キーストーンパイプラインを含むエネルギーインフラプロジェクトに対してオバマ・クリントンが課した制約を撤廃する」としている。
 こうした彼のエネルギー関連の公約には、シェール開発で巨万の富を得たContinental Resources 社オーナーのハロルド・ハム氏が強い影響力を及ぼしているといわれる。ハロルド・ハム氏は以前から2012年の大統領選ではミット・ロムニー候補のエネルギー問題のアドバイザーを務めており、トランプ政権のエネルギー長官候補としても名前が挙がっている。またトランプ氏の移行チームの中でエネルギー省を担当するのはMWR Strategies社長のマイク・マッケンナ氏である。彼はエネルギー省、運輸省の対外エネルギー関係アドバイザーやバージニア州環境局の政策・対外関係局長の経験があり、MWR Strategies社はダウ・ケミカルやKoch Industries, TECO Energy, GDF Suez 等のためのロビイングを行っている。エネルギー長官候補として彼の名前を挙げる記事もある。

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 全体としてトランプ政権のエネルギー政策は石油・ガス企業にとって大きな追い風となるであろう。トランプ氏は石炭生産も推進するとしており、後述するクリーンパワープランの廃止は石炭に対する制約要因を一部除去することになるだろうが、シェールガスの生産増大は国内石炭産業にとっては依然、逆風となると思われる。一言で言えば、トランプ氏のエネルギー政策の特色はカーボンプライスや規制等の政策措置を通じて化石燃料を制約し、再生可能エネルギーを伸ばすといったpicking winner を排除するものであると言えよう。このため、トランプ政権の誕生はクリーンエネルギー産業にとっては逆風と受け止められている。大統領選直後、風力大手のヴェスタスや電気自動車のテスラの株価が低下した。

2.温暖化対策には逆風

 トランプ政権の下で温暖化対策は大きく後退することは確実だ。トランプ氏はかつてツイッターで「気候変動問題は中国が米国の競争力をそぐためにつくりあげたでっち上げ(hoax)だ」と公言し、環境関係者から強い批判を受けた(なお、ネット上では「彼はアイルランドで自分が経営するゴルフ場に堤防を建設する際、当局に対して気候変動による海面上昇を理由に挙げている。ビジネスマンとしては気候変動を信じているが、大統領選候補者としては気候変動を否定している」と揶揄する声もある)。An American First Energy Plan の中で「オバマ・クリントン路線の下でのエネルギー生産制約は、2030年までに50万人の雇用を奪い、経済に2.5兆ドルのコストをもたらし、一人当たり所得を7000ドル引き下げる」というヘリテージ財団の試算を引用し、オバマ政権のエネルギー・環境政策を強く批判し、オバマ政権下の雇用破壊的な行政措置を全て廃止するとしている。100日行動計画の中でも「オバマ大統領による憲法違反の行政措置、メモランダム、命令を全て廃止する」と述べており、この中にはエネルギー・環境分野の規制が多く含まれていると見られる。
 その筆頭にあがるのが電力部門での温室効果ガス引き下げを義務付けたクリーンパワープランであろう。トランプ氏は選挙期間中、クリーンパワープランの廃止と環境保護庁(EPA)の予算・権限の大幅縮小を明言している。クリーンパワープランはオバマ政権の2025年26-28%減目標の中核的位置づけを占める政策であり、その廃止は温暖化目標の放棄に等しい。当然ながらキャップ&トレードや炭素税といった明示的カーボンプライスを連邦レベルで導入することは想定しがたい。
 またトランプ氏は「パリ協定をキャンセルする」としており、100日計画の中では、「国連気候変動関連プログラムへの数十億ドルの支払いをやめ、米国の水・環境インフラ整備にあてる」と公約している。パリ協定上、一度批准すれば、4年間は離脱できない。しかしパリ協定合意直後、マッコネル共和党上院院内総務は「いかなる気候変動国際協定も議会の承認なしには通さない」と発言しているように、「条約の批准権限を有する上院をスルーして政府が勝手にパリ協定を批准するのは憲法違反である」というのが共和党の主張である。このため、トランプ氏は大統領就任後、行政協定として批准されたパリ協定を共和党優位の上院に送り、否決させる可能性もある。更には「パリ協定の親条約である気候変動枠組条約から1年で脱退するか、大統領命令によるパリ協定から米国の署名を削除することも有り得る」との政権移行チームのコメントも報じられている。仮に米国がパリ協定に名前を連ねていたとしても、オバマ政権の2005年比で2025年26-28%減、2050年に80%減という目標は放棄され、パリ協定に対しても傍観者的態度に終始するだろう。

注1)
https://www.donaldjtrump.com/policies/energy
注2)
https://assets.donaldjtrump.com/_landings/contract/O-TRU-102316-Contractv02.pdf#search=%27donald+trump%27s+contract+with+the+american+voter%27