炭素税議論が大統領選に影響するか?

クリントンとトランプどちらを選ぶ?


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2016年10月号からの転載)

 今年11月の米大統領選で、共和党のドナルド・トランプ、民主党のヒラリー・クリントン両候補とも好感度が低いという特徴があると言われている。米ピュー・リサーチ・センター(http://www.people-press.org/2016/07/07/3-views-of-the-campaign-and-the-candidates/)が、大統領選の投票率を予測する材料にするため、米国で世論調査を実施しているが、その結果も両候補の好感度の低さを示している。
 今回の大統領選で候補者の選択に満足しているかどうかとの質問には、かなり満足、やや満足が合わせて40%、かなり不満、やや不満が58%となっている。4年前の前回大統領選では56%対41%、2008年は60%対38%、2004年が65%対31%だった。トランプ、クリントン両候補に満足していない有権者は近年になく多いと言える。
 特に30歳未満の若年層の満足感が低く23%しかない。満足感は年齢とともに上昇し、65歳以上だと49%だ。年齢によって意見が大きく異なるということだ。
 両候補とも良い大統領にはならないとの意見に41%が同意しており、これも近年にない高さだ。特に共和党支持者は46%が同意している。民主党支持者は33%が同意している。このため、どちらの候補者がより嫌かを考え、マシなほうに消去法で投票するとの意見も多い。トランプ支持者の55%は、クリントン候補が嫌いだから投票するとしている。トランプ候補を支持して投票する人は40%だ。一方、クリントン支持者の50%はトランプ候補が嫌いだから投票するとしており、支持して投票する人は48%だ。
 有権者の関心が最も高い問題は、図1の通り。経済、テロ、外交、健康保険、銃規制、移民と続き、エネルギー問題は登場していないが、12番目に環境問題が登場する。トランプ支持者とクリントン支持者で大きく関心が異なる問題の1つである。図2の通り、トランプ支持者では32%しか関心がないが、クリントン支持者では69%が関心を示している。両党の環境政策の大きな違いは、異なるエネルギー政策を作りだしている。

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トランプとクリントンのエネルギー政策

 民主党支持者の多くは、地球温暖化は人為的原因で発生していると考えている。化石燃料の使用量の増加が温暖化を招いていると考えているわけだ。オバマ大統領のエネルギー政策も、石炭火力発電への厳しい対応を中心に石炭の消費減を打ち出している。
 一方、共和党支持者の多くは温暖化懐疑論者だ。かつては民主党の温暖化対策に同調し、オバマ大統領の気候変動政策支持の新聞広告に名を連ねたこともあるトランプ候補も、最近では温暖化懐疑論の立場だ。ツイッターでは、温暖化は米国の産業界の力を削ぐための中国の陰謀との説まで披露したことがある。温暖化対策を行えばエネルギーコストの増加があるので、産業競争力に影響があるとの思いだろう。
 クリントン、トランプ両候補のエネルギー政策は、それぞれの党支持者の立場を反映したものになっている。
 クリントン候補の政策は、オバマ大統領の政策の継承と強化だ。エネルギー政策の中心は石炭火力の縮小で、オバマ大統領が打ち出したクリーン・パワー・プランを継承する。シェール革命による天然ガス価格の下落もあり、1990年代に米国の発電量の50%を賄っていた石炭火力のシェアは、今年初めて天然ガス火力を下回り32%になると予想されている。
 米国では、2008年に11億7100万ショートトンあった石炭生産量も15年に9億トンを割るレベルになった。特に4億トン近くあった東部アパラチア炭田の生産量は2億2000万トンまで落ち込んでいる。生産減の最大の理由は10億4000万トンあった発電用石炭の消費量が7億4000万トンに落ち込んだことだ。労働者数も3万人以上減少し10万人強となった。大手石炭会社の更生法申請も続いた。
 石炭が州の主要な産業であるケンタッキー、ウエストバージニア州などでは、炭鉱労働者以外にも艀(はしけ)、トラックによる石炭輸送に従事している労働者も多く、経済と雇用に大きな影響を生じている。クリントン候補は、縮小する石炭産業への対策費用として300億ドル(約3兆円)の計画を打ち出している。
 その柱は、退職した炭鉱夫への年金、健康保険の保証、学校への予算配分に加えて、道路、橋など新規インフラ投資、炭鉱跡地の再生可能エネルギー設備による利用、農地への転用などだ。この計画は石炭産業の縮小が前提になっていることから、クリントン候補は石炭関連新技術、あるいはCCS(二酸化炭素の回収・貯留)に期待していないことは明らかとの指摘が出ている。
 石炭に代わって力を入れているのが再生可能エネルギーだ。1期目の最後までに5億枚の太陽光パネルを設置する目標を立て、2025年までにエネルギーミックスの25%を再エネにするとしている。石油の消費を大幅に削減する一方、天然ガスについては橋渡しのエネルギーとしている。シェールガスの採掘法である水圧破砕法については地元の同意がなければ禁止だ。
 加えて、ビルを中心にエネルギー効率の大幅改善目標を立てており、産業と家庭部門で年間700億ドル(約7兆円)のエネルギーコストを削減するとしている。地球規模の温暖化対策を進めるパリ協定はもちろん推進し、そのための炭素税導入も打ち出している。

トランプは炭素税反対

 トランプ候補の政策は、化石燃料の生産増であり、クリーン・パワー・プランには反対である。再エネ振興には関心がない。オバマ大統領が認可しなかったカナダと米国を結ぶキーストーンXLパイプラインも再申請があれば認可することになる。
 炭素税の導入もあり得ない。米国のエネルギー自給率を100%にするとの立場だ。ただ、トランプ候補は、相変わらず混乱していることがあり、シェールガス採掘のための水圧破砕法を地方政府が禁止する場合には禁止すべきとしたため、共和党支持者からトランプ候補は何か勘違いをしていると正されたことがあった。
 数カ月前、共和党のエネルギー政策のアドバイザーが、オバマ大統領のクリーン・パワー・プランに反対するが、その代わりに少額の炭素税の導入を検討することはあり得ると発言した際、トランプ候補は即座に炭素税はあり得ないと否定した。共和党の政策綱領には「いかなる炭素税も反対」と書かれている。民主党の政策綱領には次の文言が最後の瞬間に書き込まれた。「負の外部性を反映し、クリーン経済への移行、温暖化目標の達成を助けるため、二酸化炭素、メタン、その他の温室効果ガスには価格が付けられるべきと民主党は信じる」
 民主党が炭素税導入を明確に打ち出したことから、票を失ったとの声も聞こえてくるが、結果はどう出るだろうか。エネルギーコストの上昇が経済と家計に悪影響を与えることになる。クリントン候補が目論むエネルギー効率改善によるエネルギーコスト削減までは時間がかかるだろう。炭素税の影響をどう吸収するのだろうか。