トランプ現象生む米国の変貌とは
書評:横江 公美 著「崩壊するアメリカ ~トランプ大統領で世界は発狂する!? 」
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(電気新聞からの転載:2016年6月24日付)
今回の米大統領選挙は、これまでないほどに見る者を戸惑わせている。共和党らしさでは最右翼のジェブ・ブッシュ氏が早々に脱落し、資産家の道楽とやゆされたドナルド・トランプ候補が予備選を制した。今や米国政治に詳しい専門家ほど、選挙の見通しについては口を閉ざしている。
混迷の主因が、トランプ候補にあることは間違いないが、この「トランプ現象」についてなかなか得心の行く解説に出会えずにいた。そうした中で本書は、この現象の根本にある米国社会の変化を広い視野から、軽いタッチで説き起こしてくれている。
著者はヘリテージ財団上級研究員として活躍した政策アナリスト。現在も米国が「レーガン時代の強さ」を求め、その象徴としてトランプが登場したと考える人々に、それは勘違いであり、米国は変容したと説く。
米国社会では黒人やヒスパニック、アジア系などマイノリティーが存在感を増し、インターネットと共に育ったいわゆるミレニアル世代が社会に大きな影響力をもたらすようになった。彼らは、これまで社会で共有されてきた「あるべきアメリカ」には縛られない。
「世界の警察」であることはとうに放棄され、軍事的には後方支援に回り、あるいは経済政策で安全保障を実現しようとしている。トランプ候補は良くも悪くもビジネスマンであり、政治家ではない。安全保障を含めすべてを「自国にもたらされるメリットとそれに必要なコスト」という視点で判断する。今の米国にはそうした価値観が受け入れられる素地があったのだ。
もちろんこれも一つの見方でしかないが、EU離脱派が勢いを増す英国の構造にも通ずるものがあるように思える。私が大統領選挙に関心を持つのは、その結果いかんで米国の温暖化対策が180度変わってしまうからだ。しかし、わが国にとっては安全保障や貿易交渉などへの影響の方が甚大であろう。特に拡張政策をとる中国とどう協調・対峙し、アジアの時代を築いていくかは喫緊の課題だ。わが国がどうすべきかの示唆に薄いのは残念としても、これからの世界を見通す上で踏まえておくべきヒントをくれる書である。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
「崩壊するアメリカ ~トランプ大統領で世界は発狂する!?」
著者:横江 公美 (出版社:ビジネス社)
ISBN-10: 482841875X
ISBN-13: 978-4828418759