排出量取引の“理想と現実”
── EU-ETSの評価
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
悩めるEU-ETS
世界に存在する(または導入間近の)21の排出量取引制度の中で、最大規模であり最も経験が長いのはEUETSである。基本構造は、対象となる業種、規模の排出者が排出枠(EUAs)を割当てられ、排出量が枠内に収まるように過不足を市場で取引することを認めるものであるが、運用のルールについては実施期間(Phase)ごとに修正を繰り返してきた。
試行期間のPhase1(2005~2007年)、京都議定書目標達成の主要な政策という位置付けのPhase2(2008~ 2012年)、EUのエネルギー気候政策の一部という位置付けのPhase3(2013~2020年)というそれぞれの段階の特徴等を表1に、Phase1からPhase2にかけてのEU-ETSの排出権(EUA)価格の推移を図2 に示す。
Phase1:温暖化対策としての効果への期待感か、新たな金融商品への期待感からか、開始直後は30ユーロに届く高値で取引された。しかし2006年5月に最初の年間排出量実績が公表され、その値が想定より大幅に低かった、つまり、想定排出量をベースに決定された割当(供給)が、削減必要量(需要)に対して過剰と判明してEUA価格は急落した。要は排出枠の設定が甘すぎたのである。その後15ユーロ程度まで持ち直したが、Phase2への繰り越しが不可とされていたことから、最後の1年はほぼゼロまで暴落した。
Phase2:Phase1の教訓に学び、割当は厳しめに設定された(ただし、経済成長は前提として織り込まれていた)。しかしCER(京都メカニズムの一つであるクリーン開発メカニズム(CDM)のクレジット)の使用が認められ大量に市場に流入したことで、需給が緩んだ。2008年の開始当初は金融機関が我も我もとカーボン市場に参入したことにより需要が急増してEUA価格が比較的高くなったこともあったが、その秋のリーマンショックで金融機関は一斉に退出し、そのことで価格も急落した。その後の長引く不況による排出量低下で供給過多となり、最後の1年半はさらに価格下落が起きた。Phase3に繰り越しできないCERは1ユーロ以下に暴落した。
Phase3:開始前年の2012年に、以下の理由が重なって余剰EUAが20億tまで膨れ上がった。
- ①
- 経済成長を前提とした割当が経済低迷により余剰となり蓄積
- ②
- 早期オークションの実施(練習のため2013~2014年オークション予定分一部を前倒し)
- ③
- Phase2の新規参入者リザーブ(NER300)の売却
- ④
- 航空部門の参入に伴う新たな割当
- ⑤
- 大量のCDM・JIクレジット(EUAより安価)のEU-ETS市場への流入
①~④はリーマンショックの前に決められていたことである。政策決定時には想定されていなかったEU経済の長期低迷という事態に陥ったにもかかわらず、これらの政策は実施され、20億tという余剰を抱えてPhase3はスタートすることになった。